天国へ行き損ねた男
現の世界にあって其処は煉獄。
天の采配か己の意思か、それすらも、曖昧。
「鳥が死んでたんです」
ぽつりと零れ落ちた言葉に、銀時はへえと相槌を打った。
我ながら素っ気無いなと思いながら、けれど相手もさして気にしていなかった様で、ならば良いかとその続きを待つ。
午後も半ば、銀時と新八は一通りの家事を済ませ(といってもそれは主に、今ソファに座っている黒髪の少年が請け負っている)事務所兼居間でのんびりと過ごしていた。
テレビを観つつ他愛もない話を交えながら、何時もの様に穏やかな時間が流れて―――いた矢先の出来事。徐に、新八がそんな事を言い出した。
別に何の事は無い。これも『他愛も無い話』の内の一つだ。現に新八の目はテレビに釘付けである。
「此処へ来る途中だったんですけどね、何かにぶつかったのか息も絶え絶えで。見るに見兼て――っていうか、ただ単に見付けちゃったんで放っておけなかったっていうか」
「病院に連れて行こうと思って、なるべく動かさない様に手に取ったんです」
大事そうに手に掬う様子を身振り手振りで表現しながら、新八は殊更ゆっくりと話す。
それを目で追いながら、ああだから今日此処へ来るのが遅かったのかと尋ねると、ええそうです、とはにかみながら、けれども何処か困ったふうな笑みが返された。
「けれどやっぱり遅かったみたいで。解るんですよね。手の中で段々と体温を失っていくのが。少しずつ、呼吸が小さくなっていく様が」
「冷たくなった鳥をみて、ああ死んじゃったって。居なくなっちゃったって」
「呆気ないもんですね」
自分の掌を見詰めながら、何処かぼんやりと黒髪の少年は話した。
心根の優しい少年だ。きっと己の所為ではないのに、その事に多少なりとも心を痛めているのだろう。
助けられなかった助けたかった何とかしようと思った何とかしたいと思った。助けたかったんだそうただ、
そうして思い起こされた記憶は一体どんなものだったのだろう。
その目に死に掛けた鳥を映して、何を視て何を思い出したのかなんて――いとも簡単に想像が付く。
新八は慰めて欲しいのだろうか。解らない。
けれども答えを求めていない気もした。そうであればと思った。
結局は、判らない。
銀時はそっと目を伏せた。
「居なくなったねぇ…」
ぽつりと呟いた言葉に、新八は俯いていた顔をゆっくり上げた。
じいと見詰める強い視線に、居心地の悪さを感じながら、銀時はあーだのうーだの訳の分からない呻き声を上げて、ぼりぼりと頭を掻いた。
新八は黙って言葉の続きを待っている。
「何てーの?死んだらホラ、天国とやらに行けるんだろ?少なくとも其処じゃあお仲間がわんさか居るだろうが。お前が気にするこたァねぇよ」
「……それは、そうですけど」
アンタがそんな事言い出すとは思いませんでした。
呆気にとられた表情でそう言われて、流石に銀時はムッとした。
それが伝わったのか、新八は慌ててそうではないと弁明した。
気にするなと言われた事ではなく、天国がどうのといった事を銀時が言い出すとは思わなかったのだと必死に捲し立てられて、漸く銀時はああ成る程なと納得し、眉間の皺を解いた。
そこでふと思いついて(そしてそれは誤魔化す為でもあったのだけれど)心持ち身体を乗り出して、にやり、銀時は口角を上げた。
「なあ知ってるか?天国ってのは、相当イイトコロみてぇだぞ。何てったって死んだ奴らが一度も戻って来ねぇからな」
こっちへの未練を忘れる位だから、きっと美女を侍らせて、呑めや歌えやの大宴会を毎日やってんだぜ。羨ましい事この上ねえなぁ。
うっとりとそうぼやくと、新八は呆れた溜息をこれ見よがしに溢した。
そうして徐に、
「死にたいんですか?」
口を、開いた。
天の采配か己の意思か、それすらも、曖昧。
「鳥が死んでたんです」
ぽつりと零れ落ちた言葉に、銀時はへえと相槌を打った。
我ながら素っ気無いなと思いながら、けれど相手もさして気にしていなかった様で、ならば良いかとその続きを待つ。
午後も半ば、銀時と新八は一通りの家事を済ませ(といってもそれは主に、今ソファに座っている黒髪の少年が請け負っている)事務所兼居間でのんびりと過ごしていた。
テレビを観つつ他愛もない話を交えながら、何時もの様に穏やかな時間が流れて―――いた矢先の出来事。徐に、新八がそんな事を言い出した。
別に何の事は無い。これも『他愛も無い話』の内の一つだ。現に新八の目はテレビに釘付けである。
「此処へ来る途中だったんですけどね、何かにぶつかったのか息も絶え絶えで。見るに見兼て――っていうか、ただ単に見付けちゃったんで放っておけなかったっていうか」
「病院に連れて行こうと思って、なるべく動かさない様に手に取ったんです」
大事そうに手に掬う様子を身振り手振りで表現しながら、新八は殊更ゆっくりと話す。
それを目で追いながら、ああだから今日此処へ来るのが遅かったのかと尋ねると、ええそうです、とはにかみながら、けれども何処か困ったふうな笑みが返された。
「けれどやっぱり遅かったみたいで。解るんですよね。手の中で段々と体温を失っていくのが。少しずつ、呼吸が小さくなっていく様が」
「冷たくなった鳥をみて、ああ死んじゃったって。居なくなっちゃったって」
「呆気ないもんですね」
自分の掌を見詰めながら、何処かぼんやりと黒髪の少年は話した。
心根の優しい少年だ。きっと己の所為ではないのに、その事に多少なりとも心を痛めているのだろう。
助けられなかった助けたかった何とかしようと思った何とかしたいと思った。助けたかったんだそうただ、
そうして思い起こされた記憶は一体どんなものだったのだろう。
その目に死に掛けた鳥を映して、何を視て何を思い出したのかなんて――いとも簡単に想像が付く。
新八は慰めて欲しいのだろうか。解らない。
けれども答えを求めていない気もした。そうであればと思った。
結局は、判らない。
銀時はそっと目を伏せた。
「居なくなったねぇ…」
ぽつりと呟いた言葉に、新八は俯いていた顔をゆっくり上げた。
じいと見詰める強い視線に、居心地の悪さを感じながら、銀時はあーだのうーだの訳の分からない呻き声を上げて、ぼりぼりと頭を掻いた。
新八は黙って言葉の続きを待っている。
「何てーの?死んだらホラ、天国とやらに行けるんだろ?少なくとも其処じゃあお仲間がわんさか居るだろうが。お前が気にするこたァねぇよ」
「……それは、そうですけど」
アンタがそんな事言い出すとは思いませんでした。
呆気にとられた表情でそう言われて、流石に銀時はムッとした。
それが伝わったのか、新八は慌ててそうではないと弁明した。
気にするなと言われた事ではなく、天国がどうのといった事を銀時が言い出すとは思わなかったのだと必死に捲し立てられて、漸く銀時はああ成る程なと納得し、眉間の皺を解いた。
そこでふと思いついて(そしてそれは誤魔化す為でもあったのだけれど)心持ち身体を乗り出して、にやり、銀時は口角を上げた。
「なあ知ってるか?天国ってのは、相当イイトコロみてぇだぞ。何てったって死んだ奴らが一度も戻って来ねぇからな」
こっちへの未練を忘れる位だから、きっと美女を侍らせて、呑めや歌えやの大宴会を毎日やってんだぜ。羨ましい事この上ねえなぁ。
うっとりとそうぼやくと、新八は呆れた溜息をこれ見よがしに溢した。
そうして徐に、
「死にたいんですか?」
口を、開いた。