天国へ行き損ねた男
強い瞳だ。
新八はしかと銀時を見据えて放さない。
―――――聡い子供だ。
無意識なのかそうではないのか。どちらにせよ厄介極まりない。
それは今までの境遇が新八をそういう風に育てた所為も偏にあるが、けれど天性のものも相俟ってのものだろう。
銀時は内心舌打ちをした。それでもそこは経験の差がモノを言う。湧き出た動揺を億尾にも出さず、銀時は平然と先を続けた。
「オメェには俺が死にたがってるように、そう見えんのか?」
悠然と、殊更ゆっくりと言の葉を紡げば、いいえ、と応えが返ってくる。
いいえそうは見えません、と首を横に振り、そうして見えた双眸は強い。
眩く真っ直ぐな眼差しを、銀時は純粋に好ましいと思う。羨ましいとも。
仮令それが、どんなに危ういものでも、だ。
「僕には銀さんが、死にたがっているようには見えません。そうでしょう?」
確信を秘めた言葉に銀時は両手を挙げて、降参のポーズを取った。
「あー、そうとも。その通りですよ。悪ィかよ」
悪態を付いた銀時に、新八は幾分安心したようだった。
それで調子を取り戻したのか、底意地の悪い笑みを見せて負けじと遣り返す。
「大体ですね、銀さんは死んでも天国なんかは絶対行きませんよ。仕事はしないしパチンコでお金は摩って来るし、糖尿だしマダオだし兎に角糖尿だし」
「待てやオイ。最後の三つは聞き捨てならねぇぞ。それに俺はまだ予備軍だっつってんだろーが。聞いてんのかオイ」
「聞いてますよ。だから糖尿でしょ?立派な生活習慣病ですよね」
「テメ、売られた喧嘩は買うぞコラ。良いんだな?やっちゃうよ?やるっつったらやるよ?俺。それに言っとくけどな、別に天国なんかに行けなくても、煉獄ってーもんがあるだろうが。怠惰な神サマだって、それ位のチャンスはくれるっつの」
「れんごく?」
聞きなれない言葉に首を傾げた新八に、銀時は心底面倒くさそうに、どこか投げ遣りな説明をした。
「煉獄ってーのは、アレだ。例えば悪さをした奴や、償いを果たさずに死んだ奴なんかが居たとするだろ。そうすっと天国と地獄の狭間にある、煉獄っつー場所に落とされんだよ」
「そうなると、どうなるんですか?」
「あ?別にどってこたァねぇよ。そこで清められた奴は天国に行けるって、そんだけの話よ」
「成る程。という事は一応銀さん、仕事しないで給料支払わないでギャンブルにお酒に、そういったの全部、悪いって自覚はしてるんですね」
「……………言う様になったじゃねぇか……」
「お陰様で」
慣れたもので新八は銀時の(多分渾身の)一睨みをさらりと躱し、夕飯の支度があるので、とそそくさと出て行った。
逃げやがったと思うも、追い駆けるのも大人気なく。
ふうと一つ、溜息を吐く。
その所為ではないだろうが、新八がふと足を止めて、くるり、顔だけこちらに向けた。
「さっきはああ言いましたけどね、僕は銀さんが、煉獄なんかには行かないと思ってますよ。アンタ自覚ないでしょうけど、アンタに救われたって、助けて貰ったって人は、結構居るもんですよ」
だからプラマイゼロ、そんな所行きたくても行けませんよ、アンタは。
言うだけ言って、今度こそ本当に台所へと新八は足を向けた。
銀時は夕陽に照らされた少年の後姿を見ながら、ひっそりと、気付かれない様に(元々そういうのは彼が最も得意とするものだ)くつりと哂った。
部屋は真っ赤なくろい影に覆い尽くされている。
死にたいとは思わない。けれど死にたくないとも思わない。
生きたいとは願うけれども、生き抜きたいとは願わない。
伸びきった強烈な赤い光の残像を瞼に収め、先程の会話を思い出す。
自嘲に似た笑みを湛えながら、それでも矢張り、同じ場所には並べないのだと男は思った。
end.