はじめまして、恋。
最近なんだか体調が良くない。
と言うより、なんかメンタル面で不都合がある気がしてならない。
普通のときはそうでもないっつーか我慢できる範囲なんだけど、コンラッ……いやいやいや、なんでもない、頼む忘れてくれ! それで話を戻すけど、とある人を見ちゃうと、もうダメなんだ。自分が小さなガキに戻ったみたいになっちゃってさ。おれの上様モード見たことあったっけ? あんな感じで自分で自分の感情をコントロール出来なくなるって言うか。
その人はさ、おれの近くにいてくれるんだよ。でもおれさまは魔王だからさ、一応この城の一番なわけじゃん? まだまだへなちょこだけど。で、まあ、とにかくその人は親しくしてくれるけど、やっぱりある程度の距離は保ってるわけだ。でもそれって普通だろ?
それなのに、その人のときは1センチ離れてても切なくなるんだ。あと、おれときどきいなくなるじゃん。それで眞魔国に帰ってきたら、迷子みたいに会えただけで泣きたくなったり……。他にもいっぱい……。
おれの支離滅裂になりつつある説明をちゃんと聞いてくれたギーゼラは、診断書と思われる書類に熱心に書き込みを始めた。その作業があらかた終わってから、優しい笑顔を浮かべて、おれに向き直った。
「陛下、わたしには陛下の体調の優れない理由に心当たりがあります」
「えっ、ホントに!?」
さっすが鬼軍曹、あれだけの話で見抜いたのか! おれが拍手喝采すると彼女は照れたようにしながらも暖かい笑みを浮かべていたが、すぐに真剣に表情になった。
「ですが、万が一ということもありますので、一応健康診断を行いましょう。そんなに大がかりなものではありませんから、お時間は取らせません。すぐに準備させますのでここでお待ちください」
ギーゼラはおれに断りを入れて、部屋を出ていった。ドアの向こうで鬼軍曹モードに切り替わったらしく、部屋の前で待機していた新人兵士たちを怒鳴り散らす声が響いた。兵学校を出たばかりの初等兵たちが、悲鳴のような声を上げて慌ただしく散っていくのがわかった。ええい作業が遅い歯ァ食いしばれッ。遅いことなら猫でもするぞ!? 怒号と共に炸裂する指示。多分、扉の向こうは地獄だ。
やがてそれが静かになると、用意を終えたらしいギーゼラが戻ってきた。先程までの人格が嘘のように優しそうな表情をしている。隙間からちょっとだけ見えた廊下の惨状はあまりにもアレだった……。
そして、それからおれはギーゼラの指示に従って健康診断を受けた。
時間もそれほどかからなかった。ギーゼラはまた何か書類に書き込むと、それを封筒に入れ、きちんと封をした。それをおれに手渡してきたので、受け取った。カルテは医者が管理するもんじゃないんだろうか。
なんに使うの、と、おれが質問すると、ギーゼラは悪戯っぽく笑った。
「体調に関してですが、お体のほうに目立った異常は特にありません。ですのでやはりこれは心の問題かと思います。そこでですね、陛下、陛下の仰る『その人』に、この封筒を渡して、中身を読んでもらってください。これは大事なことですので、必ず陛下も同席なさってください。いいですね?」
「あー……うん、わかった。ありがとう、ギーゼラ」
「お気になさらないでください。これがわたしの務めですから」
ギーゼラはまたにっこり微笑んだ。その笑顔は幼稚園の先生にちょっと似ていて、慈愛と幸せに満ちていて、甘く蕩けそうだった。女の子のそういう笑顔はすっごく可愛くて、おれはちょっとドキマギしながらギーゼラの元を後にした。
んー、でも、おれの体調に異常がなかったのがそんなに嬉しかったのかな。あそこまで幸せそうにできる内容でもなかったのになぁ。
夜、おれはコンラッドの部屋に向かった。
昼間ギーゼラに話した内容みたいになるのは、実はコンラッドと一緒にいるときだけ起きる奇病(?)だった。他の人といても別にどうってことないのに、コンラッドと一緒だと、おれの中の病原菌(??)がリミッター解除するらしい。それでも一緒にいるときはまだ我慢できる程度なんだけど、眞魔国から地球に帰ってそれが長引いたときなんかもうヤバい超ヤヴァい。ひどいときなんか、スターツアーズがおれを皆の見ている前で大胆にこの身をかっさらってくれてさえいいと思えた。
脳味噌がコンラッド一色になって、なんかもう電波がこうチリチリ飛来中。こんな気持ち初めてで、わからない。こんなせつない気持ち知らない。
コンラッドの部屋の前に立って、ドアをノックする。ギーゼラには同席するように言われたから、このまま返事がなかったら今日は諦めて自分の部屋に帰るつもりでいた。今日はヴォルフラムもいないし、封筒の件はまた明日でもいいや。
そんなことを考えていると中から返事があった。おれは意を決してドアを開けた。
「入るよ、コンラッド」
「陛下。どうかしましたか? こんな時間に」
「ちょっと用事があってさ。あと陛下って」
「呼んじゃうのは、ほら、なくてナナフシですよ」
コンラッドが指さした窓の向こうの木の上に、足の長い虫がいた。ナナフシなら絞った後に塩漬けするレシピなのか! って言うか『七癖』とかけたギャグだったのか!?
「うーん、わかりにくかったですかね。もっと知名度のある動物を使わなきゃダメか。それでユーリ、用事って一体?」
「あ、そうだった。おれさ、最近なんだか体調がよくなくてさ」
「体調?」
「そう。それでさ、おれ今日ギーゼラのところに行ってきたんだ。そしたら診断書くれて、コンラッドに……見てもらってくれって」
「俺に? でも俺は最低限戦場で使える医術しか心得がないけど。本当ですか」
「うん、コンラッドに読んでもらえって。それで、大切なことだからおれも同席しろって言ってた」
「そうですか……わかりました。診断書は、今ここに?」
「あるよ。はい」
そう言ってコンラッドにそれを手渡すと、封筒の表面にギーゼラの筆跡があるのを確認した。それを一旦テーブルの上に置いて、おれのために紅茶を淹れてくれた。いい奴だ。
穏やかで、気配りができて。こういうふうに優しくされると、嬉しくてめまいがしそうになる。
コンラッドは引き出しからペーパーナイフを取り出し、封を開けた。中から出てきた書類を手に取り、読み始める。おれはその横顔をぼんやり眺め続けた。眉のところにある傷も、いわくありげで恰好いい。銀を散りばめたカップの中身と同じ色した虹彩が文字を追うところも、思わず見惚れてしまう。
しばらくコンラッドは書類を読んでいて、それから片手で顔を覆い、深いため息をついた。
「やってくれるな、ギーゼラ」と呟きをひとつ。それから、真剣な顔をして診断書とにらめっこを始める。紙に対してなのにあんな本気の眼をして、一体どうしたって言うんだろう。
もしかして、おれ重病人!? ショックで心臓が凍りそうだ。
「コンラッド! お、おれ病気!? それ何が書いてあるんだよ!」
と言うより、なんかメンタル面で不都合がある気がしてならない。
普通のときはそうでもないっつーか我慢できる範囲なんだけど、コンラッ……いやいやいや、なんでもない、頼む忘れてくれ! それで話を戻すけど、とある人を見ちゃうと、もうダメなんだ。自分が小さなガキに戻ったみたいになっちゃってさ。おれの上様モード見たことあったっけ? あんな感じで自分で自分の感情をコントロール出来なくなるって言うか。
その人はさ、おれの近くにいてくれるんだよ。でもおれさまは魔王だからさ、一応この城の一番なわけじゃん? まだまだへなちょこだけど。で、まあ、とにかくその人は親しくしてくれるけど、やっぱりある程度の距離は保ってるわけだ。でもそれって普通だろ?
それなのに、その人のときは1センチ離れてても切なくなるんだ。あと、おれときどきいなくなるじゃん。それで眞魔国に帰ってきたら、迷子みたいに会えただけで泣きたくなったり……。他にもいっぱい……。
おれの支離滅裂になりつつある説明をちゃんと聞いてくれたギーゼラは、診断書と思われる書類に熱心に書き込みを始めた。その作業があらかた終わってから、優しい笑顔を浮かべて、おれに向き直った。
「陛下、わたしには陛下の体調の優れない理由に心当たりがあります」
「えっ、ホントに!?」
さっすが鬼軍曹、あれだけの話で見抜いたのか! おれが拍手喝采すると彼女は照れたようにしながらも暖かい笑みを浮かべていたが、すぐに真剣に表情になった。
「ですが、万が一ということもありますので、一応健康診断を行いましょう。そんなに大がかりなものではありませんから、お時間は取らせません。すぐに準備させますのでここでお待ちください」
ギーゼラはおれに断りを入れて、部屋を出ていった。ドアの向こうで鬼軍曹モードに切り替わったらしく、部屋の前で待機していた新人兵士たちを怒鳴り散らす声が響いた。兵学校を出たばかりの初等兵たちが、悲鳴のような声を上げて慌ただしく散っていくのがわかった。ええい作業が遅い歯ァ食いしばれッ。遅いことなら猫でもするぞ!? 怒号と共に炸裂する指示。多分、扉の向こうは地獄だ。
やがてそれが静かになると、用意を終えたらしいギーゼラが戻ってきた。先程までの人格が嘘のように優しそうな表情をしている。隙間からちょっとだけ見えた廊下の惨状はあまりにもアレだった……。
そして、それからおれはギーゼラの指示に従って健康診断を受けた。
時間もそれほどかからなかった。ギーゼラはまた何か書類に書き込むと、それを封筒に入れ、きちんと封をした。それをおれに手渡してきたので、受け取った。カルテは医者が管理するもんじゃないんだろうか。
なんに使うの、と、おれが質問すると、ギーゼラは悪戯っぽく笑った。
「体調に関してですが、お体のほうに目立った異常は特にありません。ですのでやはりこれは心の問題かと思います。そこでですね、陛下、陛下の仰る『その人』に、この封筒を渡して、中身を読んでもらってください。これは大事なことですので、必ず陛下も同席なさってください。いいですね?」
「あー……うん、わかった。ありがとう、ギーゼラ」
「お気になさらないでください。これがわたしの務めですから」
ギーゼラはまたにっこり微笑んだ。その笑顔は幼稚園の先生にちょっと似ていて、慈愛と幸せに満ちていて、甘く蕩けそうだった。女の子のそういう笑顔はすっごく可愛くて、おれはちょっとドキマギしながらギーゼラの元を後にした。
んー、でも、おれの体調に異常がなかったのがそんなに嬉しかったのかな。あそこまで幸せそうにできる内容でもなかったのになぁ。
夜、おれはコンラッドの部屋に向かった。
昼間ギーゼラに話した内容みたいになるのは、実はコンラッドと一緒にいるときだけ起きる奇病(?)だった。他の人といても別にどうってことないのに、コンラッドと一緒だと、おれの中の病原菌(??)がリミッター解除するらしい。それでも一緒にいるときはまだ我慢できる程度なんだけど、眞魔国から地球に帰ってそれが長引いたときなんかもうヤバい超ヤヴァい。ひどいときなんか、スターツアーズがおれを皆の見ている前で大胆にこの身をかっさらってくれてさえいいと思えた。
脳味噌がコンラッド一色になって、なんかもう電波がこうチリチリ飛来中。こんな気持ち初めてで、わからない。こんなせつない気持ち知らない。
コンラッドの部屋の前に立って、ドアをノックする。ギーゼラには同席するように言われたから、このまま返事がなかったら今日は諦めて自分の部屋に帰るつもりでいた。今日はヴォルフラムもいないし、封筒の件はまた明日でもいいや。
そんなことを考えていると中から返事があった。おれは意を決してドアを開けた。
「入るよ、コンラッド」
「陛下。どうかしましたか? こんな時間に」
「ちょっと用事があってさ。あと陛下って」
「呼んじゃうのは、ほら、なくてナナフシですよ」
コンラッドが指さした窓の向こうの木の上に、足の長い虫がいた。ナナフシなら絞った後に塩漬けするレシピなのか! って言うか『七癖』とかけたギャグだったのか!?
「うーん、わかりにくかったですかね。もっと知名度のある動物を使わなきゃダメか。それでユーリ、用事って一体?」
「あ、そうだった。おれさ、最近なんだか体調がよくなくてさ」
「体調?」
「そう。それでさ、おれ今日ギーゼラのところに行ってきたんだ。そしたら診断書くれて、コンラッドに……見てもらってくれって」
「俺に? でも俺は最低限戦場で使える医術しか心得がないけど。本当ですか」
「うん、コンラッドに読んでもらえって。それで、大切なことだからおれも同席しろって言ってた」
「そうですか……わかりました。診断書は、今ここに?」
「あるよ。はい」
そう言ってコンラッドにそれを手渡すと、封筒の表面にギーゼラの筆跡があるのを確認した。それを一旦テーブルの上に置いて、おれのために紅茶を淹れてくれた。いい奴だ。
穏やかで、気配りができて。こういうふうに優しくされると、嬉しくてめまいがしそうになる。
コンラッドは引き出しからペーパーナイフを取り出し、封を開けた。中から出てきた書類を手に取り、読み始める。おれはその横顔をぼんやり眺め続けた。眉のところにある傷も、いわくありげで恰好いい。銀を散りばめたカップの中身と同じ色した虹彩が文字を追うところも、思わず見惚れてしまう。
しばらくコンラッドは書類を読んでいて、それから片手で顔を覆い、深いため息をついた。
「やってくれるな、ギーゼラ」と呟きをひとつ。それから、真剣な顔をして診断書とにらめっこを始める。紙に対してなのにあんな本気の眼をして、一体どうしたって言うんだろう。
もしかして、おれ重病人!? ショックで心臓が凍りそうだ。
「コンラッド! お、おれ病気!? それ何が書いてあるんだよ!」