二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

シュレーディンガーの猫・白に映える銀

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
その重みを、私は知らない。




「どォーもォー」

 やる気の無い間の抜けた声で、呼ばれもしない来訪者は、当然ながら唐突に現れた。
 挨拶もそこそこに、まるで此処が自分の家だと言わんばかりに何の遠慮も無く入る男をただ唖然として見送り、開け放った扉から風が虚しくひゅうと舞い上がったところで漸く、新八ははっと我に返る。
 そうして慌てて今し方横を通り過ぎた芝翫茶の色を追うと、彼は己の上司と暢気に寛いでいて、新八は少しだけ、ほんの少しだけ、腹が立ってしまった。
 何故そんな想いに囚われたのか判然としないながらも、有難迷惑な訪問者の為に、新八は渋々茶を淹れる。
 常人ならば分かりもしない空気の振れ幅に、目敏い銀髪の男は逸早く気付いて片眉を上げたが、新八自身、それが何なのか余り理解出来ていないのだから、説明を求められても土台無理な話だ。ついと視線を外して、無かった事にする。男も、それ以上は踏み込まなかった。

「ところで何で、沖田さんは此処に居るんですか?」

 湯気のたった薄い茶を一口、男が飲み干すのを待ってから、新八は湧き出た疑問を素直にぶつけると、青年はサラリと見回りついでだと言い放った。

「嘘だろ、それ。お前単なるサボリだろ」
「嫌だな、旦那ァ。旦那方は何かと事件に巻き込まれるから、こうやって心配して顔見に来てやってんですぜィ」
「そうは言いますけど沖田さん、確かこの周辺は巡回ルートに入ってませんでしたよね?」
「気の所為でさァ」

 しれ、と言い放つ姿は堂に入っている。奇妙な感心を覚えながらも、要は時間潰しに訪れただけという事だ。
 全くこの男も妙なものに好かれたものだと半ば呆れながらも、当の本人が追い出す気配を見せないものだから、結局はお互い様、似たもの同士なのだろう。
 新八は、それを少し、羨ましいと思う。
 自分が踏み込めない垣根を、沖田はいとも容易くアッサリと越えてしまうのだ。そうしてその懐に迎え入れられる様を、唯じいと見詰めるしか出来ないこの歯痒さを、目の前の銀髪の男は果たして知っているのだろうか。
 立ち位置が違うのだから、それは仕方の無い事だとも云えよう。沖田からしてみれば、充分自分も、その対象に成り得るのかもしれないのだから。
 そう自惚れる位には、この男からそれなりに好意を受け、また沖田とは違う部分で受け入れられていると、新八は日々の暮らしの中で敏感に感じ取っていた。



 ***

 静かな午後だ。
 陽は燦々と降り注ぎ、時折ゆるりと熱を吸った生暖かい風が室内を踊った。
 やわらかに、そっと過ぎ行き刻々と流れる時を、何をするでもなく、けれども何処かでひっそりと惜しみながら、それを満喫する。
 唯、穏やかな空間の中黒光りするソレだけが、異質だった。
 その思いが伝わったのか、持ち主に寄り添う様にソファに立て掛けてあった、光を反射してきらきらと輝く黒蝋色の鞘がその存在を主張するかのように、かしゃり、音を立てて床に転がった。

「あ」

 拾おうと飴色の髪が動く前に、向かいのソファに座る男が、ゆらり、動いて、ソレを手にした。かしゃん、と何処か重たい響きを乗せて、闇色の光沢を銀時は掌に収める。
 ざ っと全体を眺めて、しかしそれも一瞬の事で、直ぐに銀時は沖田に向き合った。
 ん、と目で促して、剣を返す―――と思いきや、突如その手がピタ、と止まった。

「沖田君、これ、浮いてる」

 此処、と空いている方の指でトントンとその場所を叩きながら、銀時は若干沖田の方へ身を乗り出す。

「ああ、本当だ。旦那、良く気付きやしたねェ」

 然程驚いていない様な顔で、沖田はその場所をまじ、と見詰めた。

「相変わらず、目敏いお人でさァ」

 刀を受け取りながらそう嘯く沖田の目線は下、それに注がれている。だから気が付かなかった。そう言った瞬間の、眼前の男がほんの僅かの時間、微かに動いた事を。
 新八はその、自嘲に似た小さな動きを、翳むほどささやかな笑顔を、一生忘れないだろうと思った。

「ウチ、道具あるけど。どうする?」

 徐に問われた言葉に、瞠目したのは沖田だけではなく、新八も同様だった。
 銀時との関りは深くは無いにしても、だからといって浅いものでもない。けれどその事実は、新八にとって正に寝耳に水な話だった。
 新八の動揺を余所に、沖田は嬉々としてその申し出を受け入れる。序でとばかりに何を思ったのか、刀の手入れを旦那がしてくれと、己の要望まで付き出す始末だ。
 しかしそれにすら然したる抵抗も見せずに、銀時は諾、と答えた。

 のっそりと立ち上がり、和室へと向かう背中を、衝動的に追い駆ける。
 箪笥の前に立ち、引き戸の奥から薄汚れた小さな箱を取り出す銀時の姿を、何故か見られたくなくて、新八はパタンと襖を閉めた。
 それに依って切り取られた密閉空間の中、のろのろと身体を動かし、畳を踏む。酷くゆるやかな歩で、新八は銀時の横へと並んだ。銀時はちらりと視線を寄越して、直ぐにその汚れきった箱へと向き直る。
 小箱がカタン、と空気を揺らした。

「そういうの、持ってたんですね」

 どこか乱雑に、けれどもどこか丁寧に扱われるその小さな箱から目を背けて、俯きながら口火を切った。
 男がその言葉を、態度をどう捉えたかは知らないが、けれども視線を感じて、きっと目だけはこちらを向いているのだろうと新八は思った。

「まあ、一応な」
「僕、今の今まで知りませんでした。こんな所に置いてあるなんて、気付きもしませんでしたよ」
「…そりゃ、使わねーからな。いつ捨てようか迷ってたんだが、変な感じで役に立ったな」

 ぽんと乗せられた掌に、思わず顔を上げると、赤とも茶とも付かぬ瞳とかち合った。
 その奥に宿る意思は読めない。

「新八は…」
「え?」


「新ちゃんは、優しーねぇ」

 そう言った男の真意は、矢張り酌めない。けれど。
 くしゃりと髪を一撫でして出て行く銀色の姿を追い駆けようとも、ましてや見ようともせず、新八はパタンと閉められた部屋の中、石になったかの様に微動だにせず何かを耐えた。
 噛み締めても漏れ出る吐息は何を示すのか。
 白く強く握られた拳は何を意味するのか。
 唯、泣き喚きたい程の衝動が、心の内で渦巻いていた。


 羨ましいと思う。敵わないと思う。
 けれどそれは、立ち位置が違うのだから仕方が無いと。
 相手とて、同じ事だと。
 それでも、だからこそ。

 そう、
 男がそれを願わないのを知っている。
 自分がそれを望まないのを知っている。
 けれども、それでも。

 これがこんなにも歯痒く悔しいとは、新八は思いもしなかったのだ。


end.

*次ページで番外編(銀沖)というか、元ネタ。