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幸せの小径

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「おめでとうございまーす!二等賞、大当たりーっ!!」

 その一言が、全ての始まり。




「マジでか」

 案の定ぱっかりと開いた口を忌々しげに見詰めながら、新八は肯定の意も兼て頷いた。
 良かったじゃねぇか。
 そう言われるのを予測して、そしてそれが予想通り実現されて、より一層眉間に皺が寄る。目敏い銀髪の男はその些細な変化すら見逃さず、片眉を上げて続きを促した。

「…乗れないんですよ」

 唸りながら白状したのが、青々とした草木が生い茂る初夏の事。
 その事実に驚きながらも笑わなかった男に、嬉しくもあったが同時に大人というものを見せ付けられた気がして、酷く落ち込んだのを覚えている。
 そうして季節は巡り、秋。


「行って来ます」

 黄色く染まった木々の群れの中、殊更ゆっくりとペダルを漕いで走る。薄っぺらい、絡め取られる直前の綿菓子の様な雲が、ふわりふわり漂って、同じ様にゆらゆらと新八自身も揺らいだ。
 自転車は、得意では無いのだ。ぐらつく身体を何とか建て直し、慎重に先へと進む。
 思い出すのは、数ヶ月前の出来事。


***

「おめでとうございまーす!」

 甲高く響き渡ったその声に、新八は正直、愕然とした気持ちでその場に突っ立っていた。
 ―――何がオメデトウだ。
 心の中で悪態を付くも、当選してしまったものはどうしようもない。仕方なし、溜息と共にその手に渡ったのは、福引で当てた真っ赤な自転車だった。
 乗れもしない、そもそも必要ともしていないものを貰っても邪魔なだけだ。ならば売っ払ってしまおう。そう思い――止めた。腹の立つ事に、あの銀糸の髪の男を思い出したからだ。
 授業中であろうと隙あらば甘味を貪る、お世辞にも教師とは言い難いこの男は、糖尿病一歩手前だというのに根っからの怠け者なのか、毎朝スクーターで出社してくる。
 運動しないと益々悪化しますよ。
 そう忠告したのは何時の話だったか。覇気の無い顔でのらりくらりと躱されて、結局は済し崩しにされてしまった。だから、丁度良い機会かもしれない。ものは考え様だ。これをやれば、あのぐうたら男の病状も少しは緩和されるかもしれない。
 そうしていざ持っていけば、要らない、と、あっさり男は切り捨てた。

「は?」
「だから、要らねえって。折角だし、お前使えば?」
「…………………乗れません」
「は?」
「だから、僕、自転車、乗れないんです」
「……あー、だからか」

 さも納得という様な声音に、苛々が募る。それなのにそれすらも見透かしたかの様に、悪かったな、と言葉と同時に掌を頭の上に乗せられれば、自分は未だあやされる立場にいる子供なのだと実感させられて、何も言えなくなる。温かな体温が頭の先からじわりと浸透して、こういう時だけ大人の顔をする目の前の男を、憎らしくさえ思った。
 自棄になって癇癪を起こして、子供になりきれたら良かったのに。
 それは願望か単なるその場凌ぎの感情か、新八自身にも良く分からない想いだった。

「じゃあ、こういうのはどうだ?お前、それに乗れるようになれ。んで、俺を後ろに乗せろ」

 練習なら、付き合ってやるから。
 俯いた己を他所に、飄々と男は告げた。

「なん、で…」
「いつも俺ばっか乗せてっからさ、偶には良いじゃん。お前はソレ乗れるようになるし、俺は楽して目的地まで着ける」
「スクーターだって頑張ってるのは、先生じゃなくてエンジンでしょ。それにそれ以上楽してどうすんですかこの糖尿ヤロー」
「ちょ、俺は予備軍だって言ってんだろーが!良いじゃねぇか、俺は新ちゃんの背中が見たいんでーす」

 大人というのは、こういう時、とても卑怯だ。


 ***

 曲がり角に差し掛かって、自転車を一旦止める。それから一度降りて、自転車ごと向きを変える。また跨って、そして走る。
 よたよたと走る姿は、傍から見れば相当危険極まりないものだろう。それでも、新八は乗れる事がとても嬉しかった。方向転換は一度乗り降りしないと出来ないにしても、だ。

 男は宣言通り、新八が乗れるようになるまで付きっ切りで付き合ってくれた。
 不器用な子供が撒き散らした八つ当たりは、やる気の見えない男の大人の余裕で打ち消され、下手な理屈と理由を重ねて、暴挙とも言える行いをした自分に返って来たのは、無条件に与えられる優しさだった。
 敢えて見ぬ振りをして、子供の様に駄々を捏ねて、さも自分が差し向けたかの様に振舞う。何もかもを受け入れて、何も無かった風を装って。
 そうする事によって、この身に食い入る様に染み渡る羞恥心を、男は果たして知っているのだろうか。若しかしたら男は全て、理解した上でやっているのかもしれない。


 四つ角に差し掛かって、またブレーキを掛ける。降りて、向きを変えて、乗って、走って。
 いつも目に映るのは、男の大きな背中だけだった。それはそれで良いのだけれど、遮るものが無い、眼前に広がる世界に、新八は少し感動した。開けた視界に狭まっていた世界が、少し広くなった様な気がしたのだ。
 例えばこうやって。
 乗れなかったものを乗りこなせた様に。出来なかった事を達成出来た様に。少しずつでも切り開く事が出来たのなら、それと同じ様に少しでも男に近付く事が出来るのだろうか。
 望むのも願うのも、甘受でも妥協でもなく、ただ対等という立場だけ。支えて寄り掛かり、支えられて寄り掛かられる、そんな存在。願わくば、そんな関係が欲しい。
 よろよろと歪な波を描きながら、それでも前に進む様は、正に自分らしいと云える。風を切る様な走りは未だ出来ないけれど、さりとて全く風を感じない訳ではない。
 己には己のペースというものがある。
 ならばこの間怠っこしいまでの歩み方もまた一興かと、そう思ってペダルを力強く踏んだ。
 道の端、前方でにゃあと、それに応えるように猫が鳴いた。

作品名:幸せの小径 作家名:真赭