銀誕企画ログ
遥かなる過去へ
ぽっかりと開いた真っ暗な穴の中に居る様だった。
雲一つ無い夜空に唯一つ、煌煌と輝く月がある。
刃物の様な鋭さを持つ光に、今更ながらその存在感に圧倒される。昼間に輝く太陽よりも、余程強い。
そんな空の下、彼らは酒を酌み交わしていた。
泥と汗と血に塗れた体と衣服をおざなりに拭い、そのまま地べたに座り込んで、各々が思う侭に酒瓶を空ける。
静かな風が火照った身体を優しく撫ぜて、――実に、好い夜だった。
―――そんな、中だ。
ふいにぽつりと放たれた言葉に、皆が一斉に振り向き、一人の人物に視線を注ぐ事となったのは。
「何だお前、十月が誕生日だったのか」
「今月じゃねーか。一体何日なんだ?」
方々から飛び出す言の葉に、元凶でもある男を、質問を浴びせられる羽目になった男――銀時は睨んだ。
黒髪ながら自分と同じく天然パーマな男はそれに動じた風も無く、飄々とした笑みを浮かべている。
ちらりと周りを見渡せば、その側で呑んでいる志士二人も、憎たらしい笑みを湛えたまま、我関せずとばかりに杯を傾けていた。
「まあコイツの誕生日が何日でも良いじゃないか。今月だっていうんなら、今祝っときゃ良いだけの話だろ?」
文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけたその時、野太い声に、それは無残にも掻き消されてしまう。
それは名案だと云わんばかりに沸き立つ周りの温度とは対照的に、然し当の本人である銀時は眉間に皺を寄せている。
「何だ銀時。嬉しくないのか」
今迄だんまりを決め込んでいた桂が、先程の笑みを消して問い掛けた。
それに銀時は顰め面のままがり、と頭を掻いた。その光景におや、と方眉を上げたのは高杉だった。珍しい事もあるものだ、と。
「……祝って貰った、記憶がねぇだけだよ」
ぽつりと零された真実に、周りは俄然沸き立った。酔っていた所為かもしれない。
「そういやオメェ、親居ねぇって言ってたなあ」
「成る程。じゃあ、こんだけ盛大にやられんのは初めてって訳か。なら慣れてねーのも、頷けらァ」
「天下の白夜叉様が照れだとよ!こりゃあ良い肴だな!」
沸き起こる笑いの渦に、今度こそ銀時は牙を剥いた。けれども酒の回った人間に、何を言ってもそれは無駄でしかない。
案の定骨折り損で終わってしまい、がっくりと項垂れた銀時に、宥める様に肩に手を掛けたのは、桂だった。
「良かったな」
告げられた言葉に、どうしようもないむず痒さが走る。衝動のまま、それから腹癒せも交えて、銀時は取敢えず未だ笑っている腹立たしい、この状況を作り出した元凶でもある男を殴りに掛かった。
そうして傾いた体は一人酒を呑んでいた高杉の方へと吹っ飛び、結局は、何時もと変わらぬ夜になる。
「銀時!来年もまた祝おうな!」
おめでとうを、俺達が真っ先に言ってやるよと、声高らかに告げられた言葉に、銀時は眦を下げて笑った。
天に掲げた祝杯は誓いの証。
未だ見ぬ未来に約束を。
それはほんの一時の、
―――泡沫の夜。
end.