銀誕企画ログ
微かな兆しと淡い抱擁
「どういう、事ですか」
眼前に佇む黒髪眼鏡の少年――新八は、怒りに満ちた声でそう言い放った。
彼の綺麗な柳眉は見事なまでに攣り上がっている。
それに僅かな恐怖を覚えながらも、銀時は困った様な、例えるなら隠し事を親に見付けられてしまった子供の様な顔を、とっさに隠す事は出来なかった。
その様が相手の神経を益々刺激すると理解っていながらも、それでもしまった、と思わずにはいられなかったのだ。
麗らかな午後は睡魔と、そして抗い難い誘惑を誘う。
元より欲求に素直で従順に出来ている。銀時は迷う事無く外へと飛び出し、大量の銀玉を夢見て店の扉を潜った。
そうして数時間、辺りが茜色に染まり少し冷たい秋の風が駆け抜ける中、同じ様に懐を寒くした銀時が夢を夢で終わらせ店から出て来た。
若干背中が丸まってしまっているのは、この肌寒さを差し引きしたとしても仕方の無い事だと云えよう。そうしてとぼとぼと歩く様は、傍目から見ても実に寂しい。
そういう時に限って、だ。否。若しかしたら、そういう時だからこそ、なのかもしれない。
前方から見知った人影が見えたかと思えば、行き成り冒頭のこの台詞である。
これには流石に少し面食らったものの、行き付けのパチンコ屋からは随分と離れている。何れバレるとしても、今この時点でその事を嗅ぎ付けられた訳では無いだろう。自分の為にも、そうでなくては非常に困る。
―――ならば一体彼は何に、そんなに怒りを感じているのだろうか。
銀時は瞬時に其処まで考えて、視線を若干下げて相手の眼差しを真っ向から見据えた。少年の漆黒の双眸からは、己に何か訴えかける様な強い意志が垣間見える。お蔭で直ぐに合点がいった。
そうして思わず、嘆いてしまったのだ。
普段恐ろしい程に鉄面皮を崩さない己が一瞬見せたその表情に、対峙していた相手はくしゃりと顔を歪ませた。
その顔を見て矢張りやってしまったと、銀時は自分でも無い、けれども他の誰でも無い何かを呪いたくなる。けれども、それももう後の祭りだ。
「誕生日、だったんですってね」
「……誰から聞いた」
「何で、教えて、くれなかったんですか。もう五日も、過ぎてます」
「…祝って貰う歳でもねーだろ」
「そういう事を、言ってるんじゃありません」
そう言って少年は改めて、されど挑む様に銀時と向き合った。
同じ様に向き合えば、身に食い込む様な鋭い視線を向けられる。強い透明な硝子玉がじいとこちらを睨め付ける様は、実に心地が悪い。身動ぎ一つして、何とか誤魔化せないものかと画策するも、その眼は決してそれを許しも騙されてもくれないだろう。
溜息一つ零して、銀時はあっさり逃げるのを諦めた。
―――それは実に、情けない理由なのだ。それをこんな子供に暴かれるのは、心底屈辱であり、そして身を焼かれる程の羞恥に苛まれる。
「それ、本当なのかどうかも怪しいモンだぜ?」
「…何がですか」
「誕生日。俺知らねーんだわ、自分の生まれた日。そんなもんいらねーと思ってたんだけどな、昔世話になった奴がえれーお節介でよォ」
「付けて、貰ったんですか」
「それが俺を拾った日なのか、それとも本当に生まれた日なのか、はたまた唯適当に付けただけなのかは、今となっては定かじゃねーんだけど」
「………だったら、大事な日じゃないですか」
言いながら、裾をぎゅうと握りしめる姿はまるで幼子の様だ。それに銀時は苦笑して、そうして一言、慣れてねーんだ、と降参の意を伝えた。途端見開かれ、こちらを凝視するその瞳に、益々濃い苦笑いが込み上げてくる。
その眼を真っ向から受け止めて、己の道程を、思い返してみる。矢張り溜息しか出ては来なかった。
「ほんとにアンタ、救い様の無い位、阿呆ですね」
台詞と共にくしゃりと歪に歪んだ笑顔を向けられて、どうしようもない焦燥に駆られる。
その衝動のまま少年を腕に閉じ込めて、綺麗な丸みを帯びた頭を撫でると、小さな笑いが下から聞こえてきて、銀時は不覚にも泣きそうになってしまったのだ。