SWEET 19 BLUES
生まれたときから、いつも海の上にいた。
遥か水平線まで見渡せる凪の海や、プランクトンが赤く漂う汚れた海、どす黒い渦をたたえ、生きているものを全て飲みこもうとする邪悪な海。
例えどんな海でも、海は自分を包みこんでくれた。
サンジはよくうっとりと思う。いつか死ぬ時が来たら、海の上で息絶えたい。一人でも海の上なら寂しくない。
たった一人で死にたいと思うより、いくらかましな思想だと思う。
子供の頃、見習いをしていた海辺のレストランの厨房を抜け出して、よく砂浜に立って夜の海を見た。吸いこまれそうに暗い海と、夜空に瞬く無数の星。そうやって闇に紛れていると、自分の無力さが痛いほど身に染みた。同時に海の泡となって、遥か高みを吹く風となって、この広い世界をどこまでも渡っていけそうな気分にもなった。果てしなく自由だった。
海があれば他に何もいらない。
不確実な何かを求めて、届かない手を無意味に空に伸ばすことだって、しなくていい。
海はいつも等しくそこに在る。
* * *
半時ほど前から、サンジの背後で男の荒い息遣いが続いている。
いいかげんにしろと思うが、男の欲望が果てる気配はまだない。
薄暗い倉庫。いつもはかび臭く冷ややかなその場所は、サンジと男が吐き出す熱によって生ぬるく湿っている。
冷たい壁に、両腕と左の頬を押し付けて、今にも床に崩れそうな体をどうにか支えている。両足に力をこめて、男の前で床に崩れ落ちるという醜態をさらすことから、何とか耐えている。
シャツの前をはだけられ、ズボンと下着をまとめて膝下に下ろされた姿で、自分はチャックしか下ろしていない男に貫かれている。男の無骨で大きな手が、サンジの腰骨を荒く掴み、何度も何度も、そこに男の腰が押し付けられる。
結合部分を連想させる湿った音が、倉庫に響く。
男はサンジの腰骨を掴んでいた右手を上げて、サンジの首を後ろから握る。そして親指でサンジの首筋を数回撫でる。
サンジの生殺与奪は自分が握っているというアピールだろう。
薄く右目を開けると、壁の上にある小さな窓が見える。そこから暗い空が覗く。
今夜の海は、欠けたナイフのような月を映して、どこまでも静かに凪いでいるのだろう。サンジがこの果てしなく淫らで無意味な行為を続けている夜も、海は変わらずそこに在る。
そう思うと、心に空しいような切ないような痛みを感じ、サンジはかすかに唇を噛んだ。
「・・・何、見てる」
荒い息の合間から、ふいに背後の男が言った。サンジは何も答えない。答える余裕もない。
ゾロは答えないサンジに焦れたように、強くサンジのなかを突いた。全身に痛みが走り、ゾロの腰が引かれると同時になけなしの自尊心とともに、サンジは床に崩れ落ちた。
サンジの中を犯していたゾロの性器が抜ける湿った音がする。
「おい、抜けちまっただろ」
舌打ちとともにゾロは言い、壁に手をついて床に寝そべるサンジを見下ろす。
「うるせえ・・・てめえが長いんだよ。」
放心した視線を泳がせ、かすれた声で悪態をついてみても、迫力のかけらもない。しかしなけなしの矜持を張ろうと、サンジは体を反転させ仰向けになって、自分を見下ろす男を睨みつけた。
「・・・長い、だけか?」
口の端を持ち上げて、ゾロが嘲笑った。
畜生、むかつく。
心の中だけで、悪態を吐いて、サンジは顔にかかった髪を掻きあげた。右の膝だけを立てて、気だるげに溜息をつく。
暗闇のなかで、ゾロが自分を見つめているのがわかる。その醒めた双眸に、再び欲望の熱が灯る。その事実に自分までが興奮する理由がわからない。
初めてゾロに抱かれたとき、死ぬかと思った。
喧嘩の延長のように始まった行為には甘さのかけらもなく、無骨な男の指で全身を弄られ、性器を握りこまれ、後ろで男を受け入れさせられるという初めての体験に、サンジは脳が焼け焦げるかと思うほど掻き乱された。痛みと屈辱、そしてその向こうから波のように押し寄せてきた快感に、何度も意識を飛ばした。
その夜、サンジを組み伏せ、蹂躙していたはずの男の指は、微かに震えていた。
荒い息を吐きながら、眉間を寄せてサンジを見下ろす瞳は、普段見せたこともないような熱を孕み、果てる瞬間に、男はサンジの名前を呼んだ。
――――この男も、自分と同じように孤独なのだろうか。
行為が終わると、無言で倉庫を出て行った男の背中を見送りながら、サンジはそう思った。
何となく記憶をたどっていると、ゾロが寝転がるサンジに覆い被さってきた。サンジの足に絡まっていた服を投げ捨てると、右足だけを肩に抱え上げ、そのまま再び挿入しようとする。後ろにあてがわれた性器は固く熱いままだ。
「んっ・・・うっ・・」
挿入の瞬間、声が漏れる。そんなサンジをゾロが目を細めて見下ろしているのがわかる。そしてその不安定な姿勢で、欲望のままに動き始める。ゾロのセックスは、初めての日から変わらず乱暴で独りよがりだ。
男の動きが激しくなり、サンジの思考も途切れがちになる。そういえばこうやって向かい合って抱かれるのは初めてだと気づく。この体位だと、行為の最中に視線が合いそうになって落ち着かない。熱を孕みながらもどこか冷めて自分を観察する様な男の視線から逃れるために、サンジは首を右に曲げて、自分の肩に顔を押し付けるようにした。
それが気に入らなかったのか、ゾロの指がサンジの胸元に伸ばされ、そこにある突起を掴む。サンジが息を呑むと、男の手はそのままその手が肌を滑り降り、わき腹をかすめ、サンジの性器を握りこむ。男の動きに会わせて手が上下し、親指が先の敏感な部分を擦る。サンジは声をあげ、白い喉を曝してのけぞった。
「・・ゾロ・・・ゾロっ・・」
押さえられなくなった吐息とともに、サンジは二度、男の名前を呼んだ。
ふとゾロの動きが止まる。サンジが霞む頭でゾロを見ると、ゾロはサンジの足を持つ手を離し、そのままサンジの顔を挟むように床に両腕を置いた。わずか1cmのところに顔が寄せられる。
次の瞬間、口づけられる。
熱い唇に包まれたと思ったと同時に、それより熱い舌が口内に入ってきた。それはゆっくりとした動きで、抜き差しされる。
こんな時のゾロのキスはいつも必要以上に優しくて、サンジを混乱させる。
心臓がひどく脈打つ。密着した男の鼓動と重なって、どちらの音かわからなくなる。
サンジが必死で、男にあわせ舌を絡ませると、その行為に満足したようにゾロは再び動き始めた。
ゆっくりと、そして次第に速くなるゾロの動きに揺すぶられて、サンジの意識は白濁する。ゾロの背中に腕を回し、完全に白い世界が訪れる前に、サンジは場違いなことを思った。
明日の夜は、一緒に月と海を見ようと言ったら、男はどんな顔をするだろうか、と。
ぼんやりとした視界に映る異質な黒い塊が、見慣れた天井の染みに変わった時、サンジは意識を取り戻した。
気絶していたらしい。
作品名:SWEET 19 BLUES 作家名:nanako