不二菊log
潦
ざあざあざあ、と
流れる様を
「何やってるの?」
降りしきる雨の中、唯一人、ぽつんと座って居る彼に声を掛けた。
彼はこちらを向く事も返事をする事もせず、けれども気配でこちらの存在には気付いている事を伝えた。
彼は唯、無心に地面を見ていた。
ここ連日の雨の所為で、公園の柔らかな土は大量の水を吸収する事に限界を感じたのか、ただただ流れに身を任せ、多種多様な模様を作っている。
「何を、見ているの?」
不二は目の前の赤髪の少年に、再度問い掛けた。
雨は彼が最も嫌うものの内の一つであるにも関らず、最近の彼はやけに大人しい。
今彼のこの行動を見て、その理由はこれだろうと思うものの、何を見て、何を考えているのかまでは流石に分からない。
知りたい、と思う。
それは好奇心からなのか、それともまた別の感情からなのかは、幸か不幸か今の不二には判別の付かないものだったけれど。
少しの時間を要して、漸く菊丸は視線だけを不二に向けた。
そして、ゆっくりと地面に視線を戻す。
其れに習って、不二も地面に視線を落とした。
菊丸の足元を小さな川が流れている。
この大雨の所為で出来た、幾つもの小さな小さな川。
枝分かれしていたソレは、幾つかは重なり合い、丁度菊丸の足元の少し先で湖へと変化を遂げていた。
水溜り、とも云うべきもの。
「何か地図みたいだと思わない?」
言われて、ああ、成る程、と思う。そういう見方もあったのか、と。
―――矢張り彼は面白い。
「どちらかと云えば歴史だね。岩土が削られて雨が降って川が出来て。そして海が出来る。この場合は湖かな?ビデオを見せられるより全然良いね」
「縮図?」
「それでも良いね。リアル且つ動く縮図」
そこまで言って、不二何かを思い立ったかの様に次の言葉を飲み込んだ。
それに気付いた菊丸が、訝しげに不二を見やる。
不二はその濁流とも言うべき流れを指差しながら、どこかふわふわした気分で次の言葉を紡いだ。
「何だか人生の縮図みたいだね。幾つもの流れがあって、重なったり枝分かれしたり。選択肢如何に依っては其処で道が途切れてしまう」
「じゃあこの水の流れは、人生の荒波、って感じなのかな?」
「そう。下手に波の小さな――楽な方へと行くと、直ぐ様其処で人生終わり、だ」
「人生波乱万丈かぁ。出来れば穏やかであって欲しいんだけど」
「ハラハラドキドキする方が、退屈しなくて飽きっぽい英二には丁度良いんじゃない?」
「そう?」
ああでも不二はやっぱり面白い、と嘯く彼に、それはどちらだと言いたくなるのを必死で堪えた。
そもそもこんな風に思ったのは彼が此処に居て、地図の様だと言った所為なのだ。
そうでなければこんなものは目にも留めていない所か、気付きもしなかっただろう。
彼は吃驚箱の様だと思う。何が出るのかトンと予測が付かない。
全く持って飽きの来ない、面白い人物である。
知りたいと、思う。
「ね、もっと話してくれる?色んな事が聞きたいな」
知りたいと、
そう、思うのならば。
end.