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共犯者の誓い

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「だったらもう勝手にしろ!」
屋敷中の鼠が目を覚ます怒鳴り声と共に蝶番を跳ね飛ばしそうな勢いで樫材の重い
扉が開かれた。秘書官が顔を真っ青にして追いすがるが、プロイセンは一顧だにせず、
長い上衣の裾を翻しながら足音荒く王に野営をさせる訳にはいかないと大急ぎで借
り出した遠征先の仮宿の回廊を踏み出した。
放っておけと部屋の主が止めるのに、動転しきった調子で、でもやしかしを並べ立
てながら、それでも秘書官はそれ以上は追ってこなかった。
腸の煮えくり返る怒りではなかったが、それに近しいくらいには苛立っていた。大
体あいつは、と押さえきれない文句が次々に浮かぶ。
経験者の助言に耳を傾けないのは愚か者のする事だと分かっていない。各国が本
腰を入れた戦争がどんなものか、人の心から神を奪ってしまう程の戦乱がどんなも
のか、ちっとも知らないくせに。


「くそっ」
問答無用でこちらの提言を跳ね除けたフリードリヒの顔を思い出して、またプロイ
センは苛々と口唇を噛んだ。それだけでは収まらず、がんと壁に拳を打ちつけた時、
国家殿と呼ばわる声がして振り向けば王の右腕たる元帥がマントをつけたまま歩い
てくるところだった。開戦直後のシュレジェン侵攻でフリードリヒがブレスラウへ向かう
間に別働隊を率いてフランケンシュタインへ進軍し、ブローネ将軍の一軍を退けた
国王の盟友は親子ほども年の離れた練達な軍人だが、プロイセンにしてみればつつ
けば転げてびいびい泣く時分からの付き合いだ。気安い仕種で片手を上げる。
「シュヴェリン」
「荒れておられるようだ」
「それはアイツに言ってくれ」
老練な元帥はいつからか既に6世紀の永きに渡る生を有するプロイセンにも我が子
を見守る親の――あるいは孫を見守る祖父の――目を向けてくるようになっていた。
正直に言えば居心地のいい視線ではない。
「危険な目に合わせたくないというお気持ちは分かるが、陛下にとっては初陣とも
 云える戦闘になるのだし、少しは譲歩して差し上げてもよいかと思いますが」
「本気で言ってないよな?」
「本気で言っております」
プロイセンは片眉を潜めて胡散臭い奇術士でも見るような目になった。とても本気
で言っているとは思えなかったのだ。
シュレジェン獲得を掲げた領域侵犯は開始されたばかりで国王が陣頭に立つ大会
戦にはいまだ至っておらず、その身に迫る危機的状況もなかった。しかし、二月に
シュレジェンのバウムガルテン村で偶発した小競り合いで駐屯していた龍騎兵支隊
を救うためにフリードリヒが少数の護衛兵を連れただけで飛び出してしまったのは
プロイセンにしてみれば軽挙も甚だしい行動であった。その場に自分がいればそん
な愚かな真似は殴り倒してでも止めたのにと己を呪いさえした。フリードリヒの身を
案じたのも確かであるが、それよりも戦争に対する経験値のなさを思慮深さで補
おうとしない短慮に腹が立ったのである。

「あの時もそうだ。目先の情勢しか目に入らず感情で動く。あいつは国の戦争を
 全く分かってない。国王が捕らえられたらそこで全部終わりだ。戦争はその
 瞬間にこっちの負けで終わるんだ」
「左様です。もしもフランケンシュタインで王が倒れれば、我が軍の勇敢さと
 高水準の統制も無用の長物となったでしょう。デルシャウ将軍が泡を喰って
 いましたよ。自分が放った斥候を視察に行った陛下がその中途の意味もない
 小競り合いに捲き込まれていたらと相当に心胆を冷やしたようで」
「そりゃそうだ。そんな馬鹿馬鹿しい敗因なんざ千年の汚点だぜ」
皮肉げな笑みが自然に浮かぶ。目先のアクシデントに右往左往するなど指揮官の
資格なしと断罪されても文句は言えない。例え大元帥たる国王でも、むしろだから
こそ許されざる事だった。戦争においてはどんな立場の人間でも全てが駒だ。
各駒は己の役割を熟知し最大限に生かされなければならない。キングもナイトも
ポーンもその意味では等しくあるのだ。
「それなのに今度はグロガウ攻略に自分が出るときた。自分がどんな役割と効果を
 課せられた駒なのか全く分かっていない。この十年で何一つ学んでいない!」
つい激昂し声を荒げたプロイセンと対照的にシュヴェリンは落ち着き払った様子で
深く頷く。風格とは地位や年齢に比例するものではないらしく、フリードリヒやプロ
イセンより余程他者に耳を傾けさせる威厳に満ちていた。
「無論、貴方の言は正しい。グロガウには私なりデッサウ公なりを派遣して頂く」
「俺も同意見だ。なら何で俺はアンタに諌められてんだ?」
「貴方には陛下のお味方でいて頂きたいのです」
どういう意味だと視線で問う。シュヴェリンはプロイセンを促すように一度目線を動かし
てから日に二度の清掃が入る回廊を歩き出した。背からだけでも堂々たる貫
禄を
醸し出す後ろ姿を正確に二歩の距離をあけて進みながら、プロイセンは重ねて問う
真似はしなかった。


「陛下は29、血気に逸る性質ではなくとも可能性に賭けたくなるご年齢だ」
「だからと言って無謀を甘受はできない」
「勿論そうです。最終的には我々がお止めする。しかしその前に一人のお味方も
 いないのは不憫でしょう」
「……お友達ごっこをやれと?」
プロイセンの声に混じった失望に気づいてはいるだろうにシュヴェリンは動じた様
子もなく、いいえと首を振った。
「ごっこではありません。正真正銘のご友人になって頂きたいのです。同じ目線と
 温度でものを見る、この国の展望を共有できるご友人に」
冗談を言っているようには見えず、プロイセンは足を止めた。響く靴音が消えたこ
とにすぐに気付いた相手も足を止め、振り返る。ちょうど雲の隙間から落ちる昼の
陽光が射し込み、シュヴェリンの胸を飾る勲章をきらきらと輝かせた。プロイセン軍
で唯一と言ってよい戦経験のある将軍で、その名声は伊達ではないとプロイセン
は事実として知っている。
「私やデッサウ老公には出来ない事です。臣下の隔ても年の隔てもある。王の
 宿命と言えばそれまでですが、我々は一度陛下のご友人を最悪の形で取り上
 げてしまっている」
「あれは自業自得だろう」
己の価値を見誤った、甘えた誤算の結果だとプロイセンは考えている。本気でこの
国を捨てるなら供を連れてイギリスに向かうなんて真似はせず、唯一人で物乞いに
でも身を窶してロシアへでも逃れれば良かったのだ。
切って捨てる物言いにシュヴェリンは数秒だけ苦笑して、それでも最悪のやり方
だったのですと深い理知的な瞳を曇らせた。そんな顔をされてしまうと意に添わぬ人
生を押し付けられた若者の些細な抗議にすら度量の広さを示せない自分こそが
責められているようで、プロイセンはバツの悪い気持ちになる。
作品名:共犯者の誓い 作家名:_楠_@APH