桃菊log
策略か必然か
わたしは何でも知っている。
キコキコと音が鳴る。
実に、ゆっくりと間延びした調子で。
下を向けば、濃く黒く、長く伸びた自分の分身。
橙色の世界は、その色とは相反して、まだ熱をその内に篭らせていた。
「空が茜色っスねー」
のんびりとした様子で、隣を歩いていた桃城が言った。
それを横目で見ながら、自分も相槌を返す。
「お前のその物言い、何か年代を感じるぞ」
「は?何スか、それ」
「普通『茜色』なんて表現使わないっての」
―――通常なら夕焼け色だオレンジだを使うぞ?
そう言うとグッっと詰まった表情。
――実に、面白い。
頭をガシガシと掻き毟り、苦し紛れのその反論は、
「でも、言葉は使わないと、死んでしまいますよ」
だった。
実に、面白い。
中々良く出来た意見だ。
自分を打ち負かすには、少々威力が足りない様だが。
菊丸は下を向いたまま薄く笑った。
微かに、小さく。
ともすればそれをやっている本人でさえ、気が付かない程の、
そんな僅かな時間、刹那の出来事。
それから彼は、不敵に笑った。
これから何が起きても自分の勝利を信じて疑わない、まっさらな、力強い笑みだ。
風が気持ち良い。
部活で火照った身体を撫ぜて、徐々に落ち着いて行くこの瞬間。
何時もならば感謝して止まないが、この時ばかりは少し疎ましげに感じた。
二人の間を擦り抜けて行く無遠慮な野次馬が、薄い膜の様に張り付いて気持ちが悪い。
口元は笑みの形を象ったまま思案する。
さて、この無駄なフィルターをどうやって外そうか?
「なら言ってみろ」
突然の言葉に驚いたらしい後輩は、目を白黒させてその意味を理解しようと頭を必死で巡らせる。
それに益々笑みが深くなる。
「言葉は、使わないと死ぬんだろ?なら、言ってみろ。お前が俺に言いたい事。言えない事。
―――言わないと、いけない事を」
その身に潜ませた言葉を、激情を、もどかしさを。
心の奥底に押し込んで、何時の間にか霧散して欠片も残っていなかったなんて事態にはさせない。
意地でも吐き出させてやる。
使わないと死ぬのならば、何が何でも使って貰う。
そう、意味の在るものに。
変えて、やるのだ。
勝負を仕掛ける。
勝敗は既に解りきっている。
それを承知で傷を抉る。
必要なのは、一欠けらの僅かな勇気。
「先輩、俺… 。」
さてはて如何なものか。
―――わたしは何でも知っている。
事、貴方に関しては。
さて、返事は如何に?
勝敗は、既に。
end.