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小雲エイチ
小雲エイチ
novelistID. 15039
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夜明け前に咲く花

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『やあ、帝人君。このテキストが無事君に読まれているといいんだけどね。まあ、それを今この文章を書いている俺が知る由もないから、簡潔にまとめようか。俺が情報屋を始めてから今までの全ての情報が、この中に入っている。君は賢い子だから、多分俺が何を望んで君にこれを託したのか、薄々気が付いているんじゃないかな? これはもう君のものだから、君がどう使おうと勝手だ。今年、君に誕生日のプレゼントをあげていなかったから、これをプレゼントにするよ。じゃあね。』
感傷的になれというには余りにも事務的な最後の言葉に、涙すら流れない。
臨也さんは、ずるい。他にも、僕以外にも、きっとこれを渡すべき人がいたかもしれないのに。こんな、こんなものを送ってこなければ、きっと僕は、臨也さんを過去の人にする事が出来たのに――。

それからの僕の毎日は、めまぐるしく過ぎていくことになる。
慣れない仕事は、はじめ、真似ごとにすらなっていなかった。
けれどその時の僕は今となっては馬鹿らしくなるくらいに、ただただ必死で、毎日毎日飽きもせずに新しい知識を頭に押し流した。
そうして一年たつ頃には臨也さんがどんな声をしていたかが曖昧になった。二年たつ頃には彼がどんな仕草をしていたか思い出せなくなって、そして三年がたった今、彼がどんな表情で僕を見ていたかも朧げになっている。
臨也さんと最後に会ったあの日、自分を忘れるかと問うた臨也さんに僕は、忘れなくても薄くなると言った。何気なく言ったその言葉は、今、現実のものとなっている。
多分僕は、臨也さんを忘れることはないだろう。けれど、今から更に一年がたち、二年がたち、僕は臨也さんの姿を思い浮かべる事ができるだろうか。たった一年で彼の声を忘れてしまった僕が、これからさらに時を積み重ねて行く中で、彼をあの日と同じように思い出す事なんて、出来るわけがないのだ。

少し温くなったコーヒーを一気に飲み下す。
肺に溜まった空気を思い切り息を吐けば、口から少し薄い蒸気が零れて消えた。
彼はあの日、何を思って僕に問いかけたのだろうか。
何を思って、僕に好きだと言ったのだろうか。
あの日、あの時に言われた好意が、ただの戯れではなく本当だったら。本当だったとしたら。そんなことばかり、僕は考え続けている。
「忘れられるわけ、ないじゃないですか」呟いた言葉は、静かな空間では、声量に比べて大きく響く。言って、むなしくなる。忘れられるわけがない。けれど、忘れてしまいそうだ。

夜明け前の空気は、肌寒い。それでも空には、寒さを感じさせるような厚い雲はなく、薄い布のような雲がいくつか広がっているだけだった。今日は、きっと晴れるだろう。
「好きでした、臨也さん」呟いた言葉は、誰にも聞かれることなく消えてゆく。
鼻の奥がつんと痛む。一瞬滲んだ視界の端に、徐々に白んでゆく東の空が映った。
もうすぐ、夜が明けるのだ。
作品名:夜明け前に咲く花 作家名:小雲エイチ