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サラダパン

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 二人の間には理由が無い。どうして二人だけで、へ対する決定的な答えを持ち合わせていない。既に「友達だから」では覆いきれないような感情が水谷と栄口を支配していた。
 多分二人は両思いというやつなのだった。最初のうちは栄口も自分の過ぎた思い込みだと自嘲していたが、びっくりするほど水谷の態度がわかりやすかったから、誤解を誤解のまま恋とするのに時間はかからなかった。
 水谷のそれは自分以外の子と仲良くする友達が許せないという、子供のわがままの範疇を超えていた。熱のこもった視線、無闇にべたべたと触れてくる手のひら、それらを許している自分もどうかと思うのだが、好きな相手がしてくる行為をやめろとは断れなかった。
 言葉だけが足りない。どちらかが「好き」と言えばこの足踏み状態から抜け出せる。でも栄口にはそんな気はさらさらなかったし、水谷もその単語だけを避けるようにしている。
 もどかしいのだけれど、むしろ栄口自身はこのままの状態でも構わなかった。もっと仲良くなりたいし、もっと近くに居たいけど、その一言を口にしてしまうだけで、栄口と水谷の間にある優しくて心地の良いものが全て壊れてしまいそうだった。
 というか水谷と二人だけで焼肉を食べに行ったって緊張しすぎて肉の味がなんかしない気がする。そう考えると今日かなりひどく断って正解だったのかもしれない。
 本気でそんなこと思っているわけじゃないけど。
 自転車置き場への道を疲れた足どりで進みながら、栄口は昼休みのことを振り返る。あたりはもう暗く、今日も野球部が一番遅い部活だったらしく校内は静まり返っている。
 好きだと告げたらどんなことになってしまうんだろう。二人の間で好き同士という契約みたいなものがただ結ばれるだけで、別に今と変わらないのかもしれない。
 ……とかオレは何を考えているんだろう。
 頭の中の妄想が急に恥ずかしくなって歩調を速める。頼りなさげな薄暗い道を切るようにざんざんと歩く。
 自分は臆病だし、水谷はそれに加えて根性がない。おそらくこのままこういう関係が続いていくんだろう。栄口はその状態を望み続けていたが、今思い返してみると少し物足りなく感じた。
 地面ばかりを見ていた視線を何気なく上へ向ける。自転車置き場の蛍光灯は奥の一つだけが暗く、じりじりと低い音をたてて寿命を知らせていた。その傍らに白いシャツを着た人物が佇んでいる。背丈からして男子生徒だろうか。
 終わりかけの蛍光灯がカメラのフラッシュのように明るく光ったとき、栄口はその男子が水谷であることを確認した。ぐ、と首の付け根が強張る感じがした。
 しばらくどこか遠くを見ていた水谷だったが、栄口の姿に気づくと名前を呼んで駆け寄ってきた。
「お前待ってたの?」
「いや、オレが勝手に待ってただけ」
「どうした?」
「言わなきゃいけないことがあって」
 声色からでも水谷が緊張しているのが伝わってきて、栄口は様子を探るためにその姿を見た。水谷は縋るように掴んでいた鞄の肩ひもから手を放ち、そのまま下ろした先で、ぎゅっと握り拳を作った。
「あの、気づいてたと思うけど」
 何かに弾かれるように水谷は顔を上げる。栄口がその目の真剣さを受け取ったら、水谷の後ろの景色が消えてしまった。いつから置き去りにされているかわからない自転車も、錆びてボロい屋根も、不快なリズムで瞬く蛍光灯も、さっきまでそこにあったものが消え失せ、白い背景にたった三文字だけ浮いて見えた。「好きだ」と。一体どういうことなんだ。栄口が身構えると同時に、水谷は背景から一文字ずつ切り取るように、ぎこちなく「好きだ」と言った。
 ごちゃごちゃしていた栄口の頭の中は急に真っ白になり、その三文字が、どんどんどん、と焼きついた。「好きだ」と。すごい勢いで自分の顔が赤くなっていく。
「……栄口もそう?」
 見ないでくれ、と栄口は思った。好きだと言われて真っ赤になっているみっともない顔を見られたくなかった。何か言葉を発しようとしても、意識上には水谷が告げた、「好きだ」という三文字しか浮かんでこない。喉が焼ける。早く何か声を出してしまいたい。
「……好きだ」
 ほとんど破れかぶれでボソリと栄口が言うと、水谷は身体をぎゅっと縮めて目をきつく閉じたあと、思い切り高く拳を突き上げた。
「よっっ! しゃーっ!」
 水谷の雄叫びが二人しかいない自転車置き場に響いたら、物陰に隠れていた何かが驚いたように草むらへ逃げていった。
「うわっ! なんだあれ!」
「猫だよたぶん……」
 へなへなとその場へしゃがみ込み、栄口は汚れたコンクリートの床をうらめしそうに眺めた。
「ははっ! 猫に聞かれてた!」
「水谷なんでそんなにテンション高いんだよ……」
「ランナーズハイ?」
 その使い方は微妙に違うと思うのだが、栄口は突っ込む気力もなかった。高らかに「土曜は焼肉デートだな!」と宣言する水谷へも何も言えない。こんな状態で肉を食いに行って大丈夫なんだろうか。自分は肉の味を確かめられるのだろうか。
 わからない。でも異様にはしゃぎまくっている水谷を見ると、好きだと告げた自分の選択はそれほど間違っていないように思えた。
作品名:サラダパン 作家名:さはら