とある寒い日
「え……?」
自分のマフラーを脱いでそのまま身を乗り出し古泉の首にマフラーを巻いてやると世にも珍しい呆け面の古泉というものを見れた。当たり前だ、男が男にすることじゃない。ちくしょう首が寒い。さっそく古泉からマフラーを奪い返すかいっそこのまま首を絞めてやろうかと思ったがなんとか堪えて椅子に座りなおした。
「……生暖かいです」
ぱちくりと瞬きしたあとにやっとでてきた言葉がそれか古泉。今からでも首絞めるぞ。
「やだな、冗談ですよ。いやぁ、まさかあなたからこんな心遣いが受けられるとは。青天の霹靂とはまさにこのことでしょうか」
にやけ面でこんなことを言ったと思ったらふと真顔になる。
「らしくないですね」
小さく呟くその顔はあまり見ない顔だった。
「らしくなくて悪かったな。俺も自分より図体のでかい男にマフラーを貸した挙句自分の手で首に巻いてやるなんてこと夢にも思ってなかったよ」
「勿論あなたもらしくないですが。お互いにらしくないなと思いまして」
壊れ物でも触るようにそっと己の首に巻かれたマフラーの触れる。いつもお前が使ってるマフラーよりはずっと安物だろうからそんな扱いせんでもいいんだが。
「よりにもよってあなたの前で弱った様子を見せる僕も。そんな僕を見てマフラーを貸し与えるあなたも。随分とらしくないとは思いませんか?」
「……確かにな」
俺のことは置いといて。こいつは元々面白がるように俺の前に藪をおいてつつくように促しながらいざ俺がつつこうとすると藪を隠すどころか無かったことにするような奴だった。それが今日は素直……とまではいかないがとりあえず藪を無かったことにはしないようだ。今までに付き合いから考えるとまさにらしくない。つーかこう考えると相当面倒な奴だな。
「ですが、好意を素直に受けておくことにしますよ。……ありがとうございます」
そう言うと花開くようにぱっと笑ってみせた。こいつが女で世が世なら傾国の美女とやらには簡単になれただろう。もしかしたら男のままでもなれるんじゃないか? そう思わせるほどの笑顔だった。……不覚にも見とれたとは誰にも言えない。男に見惚れるとか黒歴史だろ。
「ああ、もうこんな時間ですね。僕はお先に失礼させていただきます。お付き合いいただきありがとうございました」
硬直している俺をよそに古泉は優雅に立ち上がると呼び止める隙も与えず鞄と自分のコート、薄紫のマフラーをひっつかんで重力を感じさせない軽やかな足取りで去っていった。……やっぱりマラソンで疲れてたって嘘じゃねえか。
「……あ、マフラー!」
あいつ、俺のマフラーしてったまま帰りやがった。自分のマフラーがあるだろうに。わざわざそれは小脇に抱えて。それは、ようするに。
「してやられた……」
つまりあの笑顔もそのための布石だったと。そういうことなのか?
「……」
ようやく部室の中がじんわりと暖まってきた。あいつの真意なんて今はどうでもいい。今、俺がすべきことはただひとつ。椅子から立ち上がるとストーブの前にしゃがみこむ。外の寒さに負けないよう、身体の芯からしっかり温めてから帰宅の路につくことにしよう。