うそつきハネムーン[情報更新]
1・速報誤報注意報
たとえばこの世界において、国同士が結婚するのはそんなに珍しいことではない。個人的に同居したり、親しく互いを行き来する者も珍しがるほどのものではない。
けれども、すでに国を引退したはずの元国家と、現役の国家が、個人的な同意に基づいて婚姻関係を結ぶとなると、これはちょっと珍しいケースだった。
「ハンガリーと、プロイセンが結婚したそうだ」
そのニュースは稲妻のような勢いで国家間を駆け巡り、彼らの知己を残らず絶句させた。
相談にしろ予告にしろ、二人の結婚についてあらかじめ聞かされていた者は一人もおらず、ちょうど報告を受けた時同席していたハンガリーの元宗主国・オーストリアや、プロイセンの最愛の弟・ドイツは、あまりのことに数分間顔を見合わせることしかできなかったという。
結婚は公的機関を通じて上司に報告され、各国の首脳陣からそれぞれの国家に通達される形をとった。
マスコミには一切通知はなく、プロイセンもハンガリーも発表があってからの一週間まったく連絡がつかない。よって、数百年もの間腐れ縁を続けてきた二人に一体どのような心境の変化があって結婚にこぎ着けたのか、知るものは誰もいなかった。
というわけで、それぞれの上司から驚くべき報告を受けた国家たちは、数日後に控えた国際会議の参加者にハンガリーの名前を発見して、尋常でない気乗りを見せた。幼なじみとの腐れ縁を夫婦の絆に変換するという偉業を成し遂げたハンガリーが会議に現れる。電撃結婚の真相を究明するのに十分な舞台である。
その日、遠足にはしゃぐ子供のように興奮した世界各国は無駄に議場に早入りし、主役の登場を待ちかまえていた。
「お昼休憩の間に近場のレストランに誘いましょう」
「それええな! パスタにしとき、料理そこそこ早くて腰据えられるとこがええと思うわ」
ハプスブルクの家で、ハンガリーとちょくちょく顔をつきあわせていた仲であるリヒテンシュタインとベルギーが、スマートフォンを駆使してイタリアンのリストランテを検索し、ランチタイムの事情聴取を企てる。
「そういえば、ハンガリーに返していないCDがありました。家に置いてきてしまったので、お茶に招待しようと思うのですがあなたもどうですか」
「うむ、兄さ・・・兄貴が迷惑をかけていないかだけでも確認したいし、俺も同行させてもらおう」
一方そのハプスブルクの本家であるオーストリアは、普段の親交を鑑みて、自宅への招待という名目を打ち出し、さらにプロイセンの溺愛する弟という餌を用意して万全の迎撃体制を整える。
「どうよスペイン、プロイセンと連絡ついた?」
「無理や。メールも電話も何も返事来ぃへん。で、最近更新なくて寂しいですーってファンのフリしてブログに書き込んだんやけど・・・」
「うんうん」
「コメントが表示されるには管理人の認証が必要です、ってなったままや・・・」
「えっ、あいつのブログ、コメント認証制じゃなかったよね・・・」
国内の銀行が全部倒産しました、と言い出してもおかしくないほどの陰を落として報告するスペインの前で、フランスは声を潜めて確認をする。
毎日毎日うるさいくらいまめに更新されていて、どうでもいいときに読むとすごくストレスがたまったり、せっぱ詰まっている時に見ると気が紛れたりするプロイセンのブログは開設3年目。
現状ほぼニートであるプロイセンの無限大の暇もとい自由時間をつぶすために開設されたそれは、身内しか来訪者がいなさそうであることと、嘘のようにコメント返信が早いことが特徴であった。
「なんか俺、そろそろプロイセンがハンガリーちゃんに適当な理由つけて秘密裡に処分されたんじゃないかなって思えてきた」
「奇遇やなー。俺もちょっとそう思うわ」
プロイセンと親交が深く、彼が今までどれだけの悪事を働いてハンガリーを逆上させたかについてわりと深く知っているフランスとスペインは、これが巧妙にプロイセンの存在を抹消するべく計画された犯罪なのではないかと予測していた。
ハンガリーはまだ着かない。一方、落ち着かない様子の各国家はそれぞれに仮説を打ち立て、あるいは真相を究明する手段を企てて主役の登場を待ちかまえている。
会議場の熱気はピークに達していた。
「ちょっとあちーんじゃねーか」
南イタリアことロマーノが空気に耐えきれずネクタイを緩めたのと前後して、空港からの送迎リムジンが議場前に乗り付ける。
ガラス張りのロビーから一斉に視線が注がれた。
***
「それで、みんながっかりしちゃったんだ」
会議後の休憩室でイタリアは脳天気に笑った。
「そのようですねえ。改めて理由を伺えば、そんなに不思議でもないのですが・・・ドイツさんまであんなに」
日本は温かいほうじ茶を入れ直してイタリアにすすめると、自分も椅子を引いた。
「俺、遅刻して会議についたらみんながしょんぼりしてるから、ランチのお店がおいしくなかったとかかなって思ってた」
「・・・お前は暢気だな・・・」
ドイツがうめきながら自分の湯呑みを取って茶をすすり、そして顔をしかめた。彼は外見のごつさに見合わず猫舌である。日本旅行に行った時に、日本とイタリアと共に作った湯呑みであるが、万全を期して厚みを持たせ、手に合うサイズにしたつもりが逆に茶の温度を分かりにくくしているのは改善を要する点であった。次回挑戦する際には、手のサイズだけでなく厚みにも気を配らねばなるまい。ドイツはそう考えながら湯呑みを置く。
「お前の兄貴が、急にベルギーの秘書になって出勤してきたらお前だって驚くだろう?」
ドイツはまだ議場での衝撃から抜け切れていない。愚痴っぽい口調にイタリアがゆるゆる笑う。アクシデントに滅法弱いドイツに対して、イタリアは何があってもマイペースが崩れないのが美点であり欠点であった。
「うん、びっくりするよ。でも、どっちかっていうと兄ちゃんがまじめに働いてるほうにかなあ」
「プロイセン君は、確かにドイツさんのお兄さんだけあって、根が働き者ですからね」
そういう意味では、ハンガリーさんの秘書というポジションに収まってもおかしくないのではありませんか?と日本は黒髪をさらりと揺らして小首を傾げ、それから曖昧な笑みを作った。
リムジンからまず降りて来たのは、安否が気遣われていたプロイセンで、続いて降りてきたのがハンガリーだった。
二人はスーツ姿で、プロイセンは小脇に書類を抱えている。
機能的なパンツスーツのハンガリーは、プロイセンがドアを閉めるのを待って早足に歩きだし、プロイセンはその横に一歩遅れて歩きながら議場に入る。
「よろしく」
携帯を取り出したハンガリーがプロイセンにそれを手渡すと、プロイセンが当たり前のようにスムーズに内ポケットにハンガリーの携帯を滑り込ませる。
「終了時刻に合わせて車を回してくる。昼の休憩までに書類をまとめておくから昼にチェックを。場所は見繕っておく」
「わかった。じゃ」
かつかつとヒールがリノリウムの床を打つ音と、ひとかけらの笑みもない事務的なやりとりに場が静まり返る。新婚夫婦の会話に耳をそばだてている顔見知りの面々に気づくと、プロイセンとハンガリーは顔を見合わせた。
作品名:うそつきハネムーン[情報更新] 作家名:佐野田鳴海