うそつきハネムーン[情報更新]
イギリスは興奮しきった三人のカップにおかわりの茶を注いでやりながらため息をつく。見る見るうちにアメリカもカナダもセーシェルもしょんぼりと肩を落とした。
「たとえばさあ、こう、特注でわざと100ドルきっかりの指輪をまねてプラチナ製にしたとかさ・・・」
「ここまでの展開を見る限り、なさそうだがなあ」
アメリカが弱々しく主張するが、高いものをまねるならともかく、ポケットマネーで十分な範囲でそこそこの見栄えのものを買ったのであろうという暗黙の了解を覆す力はもはやなかった。
「まあ、なんだ。形だけでも指輪を用意するだけの情はあったんだから、いいんじゃないか」
イギリスはせかせかと紅茶をかきまぜてテーブルに置くと、全員を励まそうと声を張った。
「さあ、今日は大成功したスコーンがあるんだぜ。もちろん食べていってくれるよな、お前ら!」
絶死の沈黙が室内を支配した。
***
「食材はこんなもんか。あと何か運ぶものはあるか?」
後部トランクのドアを閉めてプロイセンが振り返る。
「大丈夫よ、ありがとう」
スーツからジーンズに着替えて、髪を軽くまとめたハンガリーが後れ毛をかきあげた。
「じゃ、とりあえず引き上げるか」
大型スーパーの巨大駐車場で、両拳を突き上げるように大きく伸びをすると、プロイセンは運転席に乗り込んだ。
「今日、この後の予定は?」
尋ねられたハンガリーの片方の眉がぴくんと跳ね上がる。よくぞ聞いてくれましたという陰湿な笑いに、ぞくりと鳥肌が立ったプロイセンは、そろりと発車しながらおそるおそる返事を待った。
「家についたら、初の夫婦喧嘩のお時間です」
「えっ、なんで!?」
「返答内容によっては運転が危ないと思うから気をつけて聞いてね。ひとつ、今日どうして指輪してきてくれなかったの? ふたつ、ブログのアレまだ返事してないのなんで?」
じわっとプロイセンの横顔に汗がにじむ。
ハンガリーは空虚な笑顔を機械のように垂直に回してプロイセンの横顔を見る。
「待て、待て待て、指輪は目立つと思ってポケットに入れてあったんだよ。背広の内ポケットだから見てみろ」
ハンガリーは無表情にプロイセンの上着の内側に手を突っ込む。
新妻の身体検査にひきつる夫。
内ポケットの奥を探ろうと身を乗り出して、ハンガリーの頭がプロイセンの胸に触れる。
ハンガリーは手を止めて一瞬プロイセンの胸に寄り添って目を閉じると、指輪を持った手を引き抜いた。
「・・・ほら。満足したか?」
ハンガリーが指輪をフロントガラス越しの夕日にかざして目を細めるのを横目に、プロイセンはハンドルを操る。
指輪の裏のシークレットストーンを撫でると、ハンガリーは息をついた。
「きれいよね、これ」
自分の指輪もそっとはずして、ひとまわり大きさの違うプロイセンの指輪に輪をくぐらせて弄ぶ。
彼らの指輪は純然たるプラチナ製。通常表に埋め込むはずの石は、指輪の裏にお互いの名前と、出会った頃の年号を刻んでその間に入っている。プロイセンの指輪にはエメラルドが、ハンガリーの指輪にはルビーが、密やかに輝いているのだった。フルではないが、セミオーダーであつらえた指輪は、ハンガリーの仏頂面をとろけるような微笑みに変えた。
どうやら機嫌は損ねずに済んだか、とプロイセンはほっとしつつ運転に意識を戻す。ハンガリーのデレデレ笑顔につられてニヤけつつ、視線は前に、右手はそっと新妻の太ももにのばして、パンツスーツに包まれたしなやかな肌をさすらんとする。
ぱかん、としごく軽快な音がした。
「いって!」
「運転に集中しなさいよ、道間違ってる!」
作品名:うそつきハネムーン[情報更新] 作家名:佐野田鳴海