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うそつきハネムーン[情報更新]

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2・業務上過失恋愛



 人気のなくなった休憩室のパーテーションの裏から、人影がのそりと起きあがる。
「よし、行ったな・・・」
 プロイセンはネクタイを緩めて息を吐いた。
「ヒヤヒヤしたわね、さすがに」
 プロイセンとひとかたまりのように見えたもう一人が体を離して長い髪を指で梳く。
「先回りして、車用意してくる。ロビーでまた」
 背広をびしっと羽織りなおして形を整えると、プロイセンはハンガリーを見た。
 わいわい噂していた連中が出て行った給湯室のドアを名残惜しげに見つめている横顔を片腕で引き寄せて、頬にそっと唇を押し当てる。
「今からでも言うか? 本当のこと」
「・・・・・・っ、む、・・・むりに決まってるでしょ!!」
 ハンガリーは熱いものでも触れたかのように飛び上がって、プロイセンの唇が触れた頬を押さえる。
「だいたい、なんて説明するつもりよ」
 ハンガリーはプロイセンのネクタイに手を伸ばすと、きつすぎないように結び目を調節してやって、一歩離れて確認する。よし、とうなずきながら視線を向けると、じゃれるようにプロイセンがウエストを抱き寄せた。
「俺たちやっと素直になれたんで結婚しました、とか」
「あなたと違って私はちゃんと最初から素直だったけど?」
 プロイセンの頬を両手ではさんでハンガリーが得意げに目を細めてみせる。
「おまえのはただの鈍感だろ!」
 プロイセンは笑って鼻先にキスを落とし、それからもう一度ハンガリーをたぐり寄せて唇を重ねた。
 無言のまま角度を変えて、お互いの背中を頬を熱心に手のひらで撫でながら長いキスを交わすと、二人はため息混じりに身体を離した。
「今日のところは上々だろ」
「うん、バレてはいないみたいだし」
 ハンガリーが手早く髪を撫でつける。
「あいつらにバレてなければ誰も気づかないだろ。後は誰かさんが『プロイセン、我慢できない〜』とか泣き言さえ言わなけりゃ、ピンチにかすりもしないで終了だったんだけどな」
「私だけのせいにするつもり? あなただって、じゃあ5分だけって言ったくせに離してくれなかったじゃない、見てみなさいよ時計! あれから30分もたってるんだから!」
 ハンガリーが眉を逆立てる。
「新婚の妻がキスをねだりに来たら、夫として満足させてやらないといけないなーと思って」
 ニヤニヤしながらプロイセンが顔を寄せると、ハンガリーがそのつま先を蹴った。
「ばか。それでイタちゃんたちとニアミスしちゃったんだから、責任は折半よ」
 拗ねた物言いにプロイセンはさらにニヤける。
 畳みかけるように身体を寄せた時、二人のいる資料室側のドアが開いた。
「あれ、すみません、リトアニアとラトビアを見かけませんでした?」
 エストニアが会議の資料を抱きかかえて資料室を覗く。
 プロイセンはスチール棚からファイルを抜き出してハンガリーに差し出しながら首を傾げた。
「見かけてねえな」
「先に帰ったかな。ありがとうございます」
「待ってプロイセン、これ年代が違う。1990年台のをちょうだい。あ、ポーちゃんがアイス食べに行こうってあちこち誘ってたから、リトアニアはそっちかも」
 資料を突っ返しながらハンガリーが目線だけエストニアに向けた。
「ああ、そういえば休み時間からそんなことを言ってたような。ありがとうございます」
「お疲れさま、気をつけて帰ってね」
 ハンガリーがにっこり手を振り、下ろしがてら新しいファイルを受け取る様子にエストニアは一礼して資料室を出る。
「ポーランドさんもだいぶうきうきしてるんだなあ、あちこち誘うなんて珍しい」
 エストニアは塵ひとつつかない曇りのないメガネをはずし、胸ポケットからレンズ拭きを出してレンズをきゅっと磨くと玄関ロビーへ足を向けた。

 その足音が完全に聞こえなくなるまで、真剣な表情でここ20年の経済状況について打ち合わせをしていたプロイセンとハンガリーは、そっと顔を見合わせると、互いに顔を寄せて一度だけついばむようにキスを交わした。

***

「いや、俺はどうせそんなもんだろうと思ってたけど」
 所変わってイギリス宅。本日の会議の顛末についてイギリスがそう言うと、カナダとアメリカが声を揃えて抗議した。
「ええー!?」
「だって二人とも仲良いじゃないですか!」
 紅茶とコーヒーを運んできたセーシェルが、チョコレートをひとつ摘んでソファに腰を下ろす。
「あいつらの仲の良さには決定的に色気がないだろ」
 紅茶に手を伸ばしながらイギリスは噛んで含めるように言い聞かせる。
「まあその、サプライズで用意してたプレゼントが無駄になったのは残念だったかもしれないが、おまえたちはちょっと情報を鵜呑みにしすぎだ」
 イギリスにしてみればハンガリーとプロイセンは丁々発止とやり合う旧知の仲、という印象でしかなかったので、OMGとかなんとか口々に騒いで頭を抱えるアメリカとカナダの様子にはどうも共感しきれない。
 めでたいニュースにとびついて、ソースも確認せずに盛り上がる若さは、まあ控えめに見てもほほえましいが、本人たちのドライな部分だの狡猾で残虐な部分だのを見ていないのはどうか・・・と、夫婦のどちらとも裏切ったり裏切られたり王族を駒のようにやりとりして政略結婚を押し進めたりしたイギリスは思う。かといって、目の前の連中にそれを言ったら時代が違うと非難を浴びることは分かりきっていたので、イギリスは黙って紅茶を飲んだ。
「ハンガリーさんの会話で登場率一番の男性って言ったら、オーストリアさんかプロイセンさんじゃないですか。私も有り得ると思ったんですけど」
 赤いリボンでまとめたおさげをさらりと揺らして、セーシェルが首を傾げる。明るくおてんばな性格が幸いしてか、彼女はハンガリーととても仲が良く、しばしば女子会と称して集まっているようだった。情報源としてはかなり精度が高いが、イギリスは首を捻った。
「それで言うならオーストリアの方が、恋愛対象としてはアリなんじゃないか? いつも一緒にいるし・・・。まあ、他人のことはわからないが」
「えっ、むしろ終わった人ともう一度とか、なくないですか」
「えっ、そうなの」
 イギリスとセーシェルの間にも男女としての見解の相違があった。
 一同はうーん、と唸る。結婚なんて滅多にないおめでたい話題に盛り上がりたい若者たちは、どうしてもプロイセンとハンガリーの結婚に恋愛要素を見つけたいらしく、イギリスが見守る中二人が恋愛する根拠をちまちま探っている。
「そういえば、ハンガリーさんって指輪してなかったよね?」
 カナダが左手を示して言う。
「してなかったか? ドイツだと右手にするんだぜ、結婚指輪」
 イギリスが教えると、全員が目を丸くした。
「右手?」
「右手だって?」
「右手ってことは!」
「「「してた!!」」」
 声を揃えて身を乗り出す三人。
 かつてない息の合いように、思わず静観するイギリス。訪れた一瞬の沈黙は、正解への布石かに思えた。
 しかし、アメリカが「あ」とつぶやいた。
「でもあれ、ティファニーの100ドルきっかりのシルバーの指輪だったなあ」
「ええー」
 興奮して握り固めた拳をおろすセーシェルとカナダ。