水の器 鋼の翼2
平和な世の中であれば、単なる小市民として普通に生きていたであろう人物。そんな善良な人物でさえこのサテライトはあっさりと狂わせる。
「元はと言えば、この狂った状況は誰のせいだ。遊星粒子を発見した不動博士なのか。モーメントを開発したMIDSか。モーメントを暴走させた兄さんか。事実を徹底的に隠ぺいして、口を拭って知らんぷりをしている海馬コーポレーションか。……肝心な時に何もできなかった、私自身か」
レクスが乱暴に扱ったペンは、フェルト芯の先が開きかけていた。ペンを床に投げ捨て、レクスは壁にこつんと拳をぶつけた。
「だとしたら私は、彼らに何をして償えばいい」
サテライトでは、儚い夢すらもその手から易々とすり抜ける。まるで、つかみどころのない水のように。そんな希望もない地で、何をしたら人々に報いてあげられるというのか。
しばしの沈黙が、部屋に満ちた。
そもそも、何故セキュリティは今ごろになってレクスの身辺を調査するのだろうか。D-ホイールいじりは人目につかないようにしている。走行試験も、付近の地下鉄跡で夜な夜なこっそりと執り行っていた。あれがセキュリティ当局にばれたのか。
それとも、あれはMIDSの差し金か。レクスの携帯端末は、あの日からずっと受信拒否のままだ。ゼロ・リバースの真相をサテライトで唯一知るレクスを、彼らはついに抹殺にかかったのか。冗談ではない。何としてでもここで生き延びてやる。レクスは改めて決心した。
「とにかく、ここから逃げる手段を考えよう」
言って、レクスは横に置いてあるD-ホイールを眺めやった。一つ一つはがらくただったパーツは、今ではそれなりの乗り物の形にまで組み上がっている。
「まずは、D-ホイールの改良から始めるとするか」
(END)
2011/5/3