ところにより吹雪になるでしょう
店員の言うとおり栄口の住所はすぐ裏手にあった。アパートの名前も一緒だからおそらくここで間違いない。動悸を抑えつつインターホンへ指を伸ばしたが、数回押しても栄口が出てくる気配はなかった。居留守を使われているのか本当に留守なのか水谷には推察できなかったから、とりあえずこれからどうするか頭を冷やしてみる。念のためもう一度電話をかけてみたが、虚しいコール音が聞こえてきただけだった。
何かに突き動かされるままここへ来たけれど、詳しいことは何も考えていなかった。栄口に会って、あの手紙で何を伝えたかったのかを聞いたら、そのあと自分はどうするんだろう。ドアへもたれ掛かりずるずると背が縮む。しゃがんだ高さから見る辺りの景色は積もった白がより重く高く感じられた。徐々に身体にから熱が奪われ、薄っぺらなスニーカーに付いていた雪が溶けたのか急に指先が冷え出す。
(会って、話して……でも会えるのかなぁ)
辺りが暗くなってしまったせいで、つられるように水谷も気弱になってしまう。強くなってきた風に吹き付けられると身がすくむ。あまりの寒さにさっきのコンビニへ戻りたくなったが、ここを動いたら栄口に会えなくなりそうな気がしたから水谷はじっと耐えた。
予定も立てずに遠くへ行くなんて高校三年生の夏以来だった。あの時は隣に栄口がいたけれど、今は一人だ。夏の海の暗さと一緒に、何も言えず、何もできなかった弱い自分を思い出すとますます決意が脆くなる。
一陣の風が吹き、積もったばかりの雪を舞い上げて水谷に降りかかる。本当に栄口は帰って来るのだろうか、水谷がいっそう不安になり始めた時、近くで積雪を踏みしだく鈍い音がした。すばやく顔を上げて仰ぎ見ると、雪まみれの栄口と目が合った。
「さっ……!」
「そこ滑る!」
慌てて立ち上がったから栄口の警告には反応できず、水谷は雪を散らしてひっくり返った。腰を打ちつけたそこは氷の張ったコンクリートで、まともに衝撃を喰らってしまった。そんな水谷へ「大丈夫?」と手を差し伸べる栄口は、例え方はおかしいけれどちゃんと栄口で、当たり前のことなのに胸へこみ上げてくるものが半端じゃない。
「あれ? 水谷だよなぁ」
「み、みずたにです」
「いつからここで待ってた?」
「一時間くらい?」
そりゃ寒かっただろう、栄口は同情し、水谷の服についている雪を払った。同様に自分からも雪を取り除きながら、あんまり突然だから見間違いかと思ったと笑う。
「来るなら連絡くらいしろよ」
「あれっ、携帯見てない?」
上着とズボンのポケットへ手を当て、携帯を持ち歩いていなかったことを確認した栄口は非を認め、謝る。
栄口と二年も会っていなかったけれど、こんなに自然に会話ができて水谷はうれしかった。でも喜んでいるだけじゃ駄目なのだ、聞きたいことがあってここまで来たのだから。開けてくれたドアから差す明かりに少し目が眩んだが、水谷は決意を新たに部屋の中へ入った。
作品名:ところにより吹雪になるでしょう 作家名:さはら