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ところにより吹雪になるでしょう

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 部屋は栄口の匂いがして水谷は頭がおかしくなりそうなんだけど、それを言ったら今までの苦労が台無しになる可能性があるから黙っていた。エアコンを入れた栄口が今度は床に置いた電気ストーブへと手を伸ばす。
「これまだ使ってるんだ!」
「ウチから持ってきた」
「物持ちいいなぁ」
 水谷は冬、栄口の家に遊びに行くたびこのストーブを見ていた。どことなくレトロで、昔家にあった古いオーブントースターを思わせるオレンジ色の光に染められると、じわりと身体が暖かくなったものだ。よく栄口はそのストーブの前にいる水谷に向けて「特等席だな」と比喩していた。以前と同じように手をかざすと明かりは変わらず水谷を癒す。
 栄口は水谷から受け取った上着をハンガーにかけると、今度はコーヒーを入れるためにお湯を沸かし始めた。やかんの前に立つ栄口をちらりと盗み見たあと、水谷はまたストーブの明かりへと目を戻した。蛍光灯の下で見る栄口の顔は高校生の時より少し痩せたような気がした。大人っぽくなったと例えればいいのかもしれない。温かさの前で指を広げるとそこから温感が漏れる。何か実体のあるものを触っているようで楽しいけれど、今は現実逃避をしているに過ぎない。
(聞かなきゃいけないのに、あのCDの手紙って何だったって)
 栄口が一向に「ここに何をしに来たのか」と聞いてこないから水谷も言い出しづらくなってしまって、もう身体のどこも冷えていないのにひたすらストーブの前でまごまごしている。栄口は前触れもなくいきなり現れた自分へ疑問を抱いたりしないのだろうか。それともあまり関わりたくないから聞いてこないだけなのかもしれない。
 さっきの決意はどこにいったのか、水谷は消極的になってしまった。栄口本人と二年ぶりに会えたのが嬉し過ぎて、ついいつものくせで流されやすいほうへ舵を取ってしまう。
「雪、すごいだろ?」
「うん、びっくりした」
「地元の奴に聞いたんだけど今年は異常らしいよ」
「へぇ〜……」
 水谷が聞いて欲しいのはそんなことじゃないのに、隣の栄口は核心に触れる質問をしてこない。熱いコーヒーを飲んでも水谷は疑問を言い出せなかった。二人っきりの場面で調和を乱すような発言ができたら、きっと水谷はあの夏で間違いのひとつでも犯してるはずだ。それができないから二年も離れ離れになってしまったし、今も言うべきことを何も言えない。
 そんな自分が情けなくなった水谷は空のコーヒーカップをテーブルへ戻し、そのまま手を床へ落としたぐにゃりと何かを踏んだ。それは栄口の手だった。
 水谷がごめんとへらへらする間もなく、咄嗟に栄口は重なる手を払った。
 あの夏の亡霊が二年を経て蜃気楼のように蘇る。
 栄口の怯えた表情は、二年前の夏、出たばかりの朝日に照らされたときとひどく同様だった。手には栄口の感触が残っているのに、あのとき砂浜で何も言えなくなってしまったように胸が詰まる。怖がられるのが怖い。拒否されたくない。
「栄口……」
 名前を呼んでみてもなぜか遠い。唾を呑むとのどが痛み、次の一言が出にくくなる。
「さ、栄口、あの、オレ……」
 いくらがんばって言葉を発しても栄口は下を向いたままだった。もうどうすればいいのかわからない。あの夏は壊してしまうのがただ怖くて楽な選択肢を選んだ。それは二十になった今でも変わらなく、すぐにでもこの空気から逃げてしまいたい。それに二年経っても栄口と自分が普通に接し合えるのはあの日何も間違わなかったからだ。洗いざらい話していたらこんなふうに仲良くは、きっと。
 どうしてまた自分はうやむやにしようとするのだろう。水谷はぐっと奥歯を噛み締めた。
 二年の間、あのとき何もしなかった自分を後悔してばかりだっただろう? 理由も言わず音信不通を突きつけてきた栄口へなぜ何も聞けなかった? 雪に埋もれたここへは決して遊びに来たわけじゃなく、手紙の答えを知るため、決心とともに赴いたのだ。
……壊れるのが怖いからその前に尻尾を巻いて逃げてしまうより、壊れた建物の中で瓦礫にまみれてへらへらしている方がオレらしくてかっこいいだろう?