ところにより吹雪になるでしょう
さっきから水谷は栄口が誰かと親しげに電話をしているのが気になって仕方がない。それとなくこちらへ注意を向けさせようと隣に座ると、なぜか栄口は受話器をこちらへ寄こしてきた。
「こんばんは、水谷君」
「こんばんは、阿部君……」
不穏な挨拶のあとに飛んできたのは、来週試験だしそろそろ戻って来いバカ、という罵声だった。阿部にしてみればあれだけ威勢良く出て行った水谷が、それっきり三日も音沙汰がなかったから心配だったのだろう。
「同じ授業はオレがノート取ってるけど、それ以外はどうなんだよ」
「やっやばい……」
「やばいじゃねーよバカ」
とにかく絶対戻って来いと釘を刺され、一方的に電話は切れた。今まで怠けていた分、来週からの試験週間が憂鬱でならない。
あのあと水谷は三日ほど栄口の家に留まっている。二年間会えなかった隙間を埋めるようにしゃべって、触って、キスもたくさんして、まだ慣れないけど夜は栄口と身体を重ねた。たった三日じゃ全然足りない。
夕飯のうどんを茹で始めた栄口の肩口で、水谷はぐちぐちとごねはじめた。やだなぁ、帰りたくないなぁ、栄口と一緒にいたいなぁ。それら全部を栄口は優しく受け止めていたが、「学校辞めてオレもこっち来ようかな……」と弱音を吐いた水谷へは、持っていた箸の柄の方で頭を叩いた。
「……そういうのは昔の自分らを肯定できなくなっちゃうからやめようよ」
あれだけ片思いをし続けていた辛い過去があったからこそ、今こうして両思いになれたと栄口は信じているようだった。思い込みの激しさが邪魔をして一歩も前へ進めなかったあの頃をバカだったなと思うけど、なかったことには決してしたくない。それは水谷も栄口も一緒だった。悩んでいたぶんだけ、もっと相手のことを理解できる、優しくできるんだと前向きに考えたい。
「オレはまた待ってるし、それか今度はオレから会いに行くよ」
「オレだって会いに行く! 絶対行く!」
「はいはい」
菜箸で鍋の底をぐるっと掻き回しながら栄口が笑う。
明日の今頃には別々の場所で、気温も違う夜を過ごしているのだろう。それを考えるとせつなくなるけれど、もう二人は繋がっているから大丈夫、きっとがんばれる。
水谷の決意をよそに、栄口が茹で上がったうどんをざるに上げると、流しからむわりと水蒸気が立ちのぼった。
作品名:ところにより吹雪になるでしょう 作家名:さはら