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Luxurious bone ―後編―

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 サンジは現実ではない光景を見ている。


 目の前には3本の刀を持つ剣士。
 漆黒の布を頭に巻き、眇めた視線から鋭い眼光を発し、対峙する敵を待っている。
 魂の邂逅と衝突が生む至高の戦いを、男は待ち望んでいる。
 男の体から溢れ出る殺気は炎のようにゆらめき、驟雨のように辺りに降り注ぐ。
 敵とは誰か。
 自分の命を賭けてしか超えられない強靭な相手か。それとも自分自身か。
 そして男はそれを超えて何処へ行くのか。
 その先に何があるのか。
 男の今立つ場所は荒涼として屍が転がるだけだ。
 その場所に男は佇み、前を見据えている。
 男の行く道はただ真っ直ぐに破滅へ続いているのかもしれない。
 しかし男は一歩も下がらない。怯まない。構えた刀を捨てることはない。

 男の形相は修羅の世界に魂を売り渡した一匹の鬼のようだ。
 
 サンジの頬を熱い涙が伝う。
 共有できるものなど何もないと、出会った瞬間に思い知った筈だ。

 それでも見届けたい。
 高みに登りつめる男の姿を。
 狂おしいほどに輝く命の真実を。


 庇ったんじゃない。

 俺はお前を、
 守りたかっただけだ。



 覚醒する意識のなかで、ぼんやりと開いた瞳に見慣れない天井の模様が映った。
 夢の残滓を留めて霞む視線を動かすと、一人の少女がサンジの顔を覗き込んだ。
 「泣いていたわ」
 そう呟いた少女の言葉を聞き、サンジは頬を濡らすものの正体を確かめるために右手を伸ばそうとした。しかし動かなかった。
 「無理よ。麻酔がまだ効いているから」
 少女は微笑んで代わりにサンジの涙を布で優しく拭ってくれた。その言葉を聞きながらサンジはゆっくりと顔を向ける。
 「君が、助けてくれたの?」
 「ううん、私はあなたを抱えた剣士さんをここに連れてきただけ。ここは私の家よ。私の母があなたの手当てをしたの。出血を止めて体に入った弾を抜く手術をしたわ。母さんは看護婦なのよ」
 ベッドの横に座るその少女は黒い髪と褐色の肌していた。サンジに向けられた大きな亜麻色の瞳は優しそうに瞬いている。
 少女はふと思いついたように椅子から立ち上がると部屋を出て行き、両手に水を張ったたらいとタオルを抱えて戻って来た。ゆらりと目の前で少女の頭に巻かれたすみれ色のスカーフが揺れる。
 「母さんはもう大丈夫だって。熱が下がれば動けるようになるわ」
 少女は甲斐甲斐しくたらいにつけたタオルを絞り、サンジの額にそっと載せた。ひやりと冷たいタオルの感触が心地よい。サンジは感謝を込めて薄っすらと少女に微笑みかけた。
 「君の名前は?」
 「私はナダ。よろしくね、サンジさん。」
 「サンジでいいよ。君のお母さんにお礼を言わなきゃいけないな」
 「母さんは今、仕事場の病院に行ってる。休むと怪しまれるから。今、あなたたちを探してこの島中を海軍がうろうろしているわ。病院はとっくに監視下に置かれているの。でもここは大丈夫。村はずれにあるし、丘の上にあるから村の様子もよくわかるわ」
 「ゾロ・・一緒にいた男は?」
 「剣士さんは仲間の人と連絡を取りに行ったわ。・・・あなたたち海賊なのね」
 「ああ、そうだよ。怖くない?」
 「ほんと言うと少し怖い。でも剣士さんもサンジもいい人だって私、わかる」
 「でも早くここを離れなきゃ、君たちに迷惑が懸かる。俺たちを匿っていたことが海軍にばれたら君や君のお母さんも酷い目に合うかもしれない」
 「そんなこと心配しないで、サンジはゆっくり休んでいて。海軍に見つかっても脅されて言うことを聞いたって言えばいいんだから。・・・それに私は海賊よりも海軍の方がずっと嫌いなの」
 「どうして?」
 ぱっちりとした二重瞼を臥せるようにナダが俯く。彫りの深い顔立ちが下を向くとなおさら強調されて、彼女を年齢よりもずっと大人びて見せる。
 「・・・私の父さん、3年前、海軍に兵隊として徴兵されたっきり帰ってこないの。手紙が1ヶ月に1通届くだけ。元気だよ、心配しないで、だけしか書かれてない手紙。数年前からこの島の近くの国や島で戦争や騒乱が絶えなくて、それを鎮めるためにうんとたくさんの兵隊が必要になったらしいの。始めは1年で帰ってくるって約束だったのに、海軍はその約束を守らなかった。・・・父さんは牛飼いだったの。誰よりも誇り高い牛飼い。なのに、ついにその牛も手放さなくてはいけなくなってしまった。みんな海軍は正義の味方だって信じてる。母さんお婆ちゃんもほんとは憎んでいても口には出さない。でもどうして正義の味方が嘘をつくの?私は父さんを返して欲しいだけなのに」 
 膝の上に置かれた小さな手を握り締めてナダは低い声で言った。ぱたぱたとその手の甲に涙が落ちる。大きな瞳に涙を溜めて、少女は肩を震わしている。サンジは毛布の中にある左手を伸ばして、そっと彼女の柔らかな頬に触れた。
 「ナダ、泣かないで」
 サンジの言葉にナダは顔を上げると、その左手に自分の掌を重ねて泣き笑いのように微笑んだ。瞳を潤ませたまま目じりに小さな皺を寄せ、年相応の笑顔に戻る彼女にサンジはほっと胸を撫で下ろす。人の泣く姿はとても辛い。
 「ごめんなさい、私まで泣いちゃった。不思議ね。サンジは初めて会った人なのに、何だか何でも話せそうに思えるの」
 つられて柔らかく笑ったサンジの掌が彼女の涙で濡れている。
 部屋を暖める暖炉の薪がぱちりとはぜる音が部屋に響く。窓から入り込む朝の光がナダの黒い瞳に反射している。
 「サンジを始めて見たときね、何て綺麗な人だろうって驚いたわ」
 「俺は男だよ」
 「うん、そうだけど。でもサンジのその髪の毛の色、この島の言い伝えに出てくる女神様みたいって思った」
 「女神様?俺が?」
 こくりと大きく頷いて、ナダはサンジの手を取ってベッドに置くと、サンジの体をすっぽり包むように毛布を掛け直した。
 「さあ、もう少し眠って。剣士さんが帰ってくるまで」
 サンジは再び瞳を伏せて、深い眠りの底に沈んでいった。


 「サンジ・・・無事で良かったぜ。心配させやがってこの野郎!」
 古い木の扉を開けて部屋に入ってきたウソップは、サンジを見て心底、安堵した表情を見せた。その背後からゾロが続いて入ってくる。ゾロは肩に掛けた大きな茶色の布で頭まで覆っている。布の下の服もこの島の男たちが着ている衣装と同じものだった。
 「おう、心配かけたな」
 サンジはウソップに向かって微笑みかける。
 サンジの包帯を交換していたナダはその様子に笑顔を見せ、「村の様子を見てくるわ」と部屋を出て行った。
 「状況はどうだ?」
 ナダが座っていたベッドサイドの椅子に腰掛けたウソップに、サンジは問いかける。ゾロはそんなサンジに視線を向けたまま、部屋の壁に凭れて立っている。
 「ああ、お前等を探して海軍が厳戒態勢を敷いてる。この島にいる海軍船は今のところ一隻だけだが、応援の船が来るのも時間の問題だろう。今、ルフィが村で騒ぎを起こして海軍の意識を逸らしている間にゴーイングメリー号は島を離れてる。夜明けに前に南側の浜に船を着けるから、そこで落ち合おう。おまえとゾロは取りあえずここに残れ。俺は島でボートを調達して浜に向かうよ」
作品名:Luxurious bone ―後編― 作家名:nanako