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Luxurious bone ―後編―

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 硬い靴底が甲板を横切る音にナミが瞼を開けると、ゾロがデッキチェアに近づいてくるのが見えた。額に汗をかき、荒い息を上げている。その逞しい首に巻かれているのは先日ナミから譲渡されたピンクの花柄のタオル。
 「どう?4日ぶりのトレーニングは」
 笑いを堪えてナミは声をかける。
 「体が鈍っちまっていけねぇ。まぁ後一時間もすれば調子は戻るだろうがな」
 「そう、それは何より」
 ゾロはテーブルの上に置かれたガラスの水差しを掴むとコップに冷水を並々と注ぎ、それを一息で飲み干して深い息を吐いた。
 「サンジくんはまだ眠ってる?」
 「さっき船室に降りたときは、起きて包帯を替えてたぜ」
 ゾロはそう答えると、決まりが悪そうに顔を背け、言葉を濁した。
 
 先刻、船室に降りたとき、サンジがソファに座って包帯を交換していた。
何となくゾロはその様子を眺めていた。シャツを脱いで上半身だけ裸になったサンジの体は、細いながらも胸や腹部についた筋肉は思ったより逞しい。あばらや肩、鎖骨に浮いたごつごつした骨はサンジの体をアンバランスに形作り、何処か危うい印象を与える。そして何より肌の白さが目に眩しいほどだった。
 その白をもっと近くで見たいと思い、ゾロはサンジの座るソファに近づいた。怪訝そうにサンジはゾロを見上げ、
 「何か用かよ?」
 と素っ気なく言う。
 「あれ、してやる。『怪我がはやくなおる』ってやつ」
 ゾロはそう言ってサンジの前に立つと、ポケットに右手を入れたまま、開いた左手で彼の右腕を掴む。そして身を屈め彼の肩に張られた四角いガーゼの上に唇を落とした。
 鼻先を寄せたサンジの体から薄っすらと彼が吸う煙草の香りがする。首に浮き上がる細い筋や金髪に半分隠れた耳の形がずっと近くに見える。ゾロは最小限に縮まった距離を味わうように、ゆっくりと数回そこに唇を押し当てた。
 しばらくしてゾロが顔を上げると、耳まで赤く染めたサンジは言葉を忘れたように絶句していた。掴んだ手と細い肩が少し震えている。
 無言でゾロはサンジの腕を離すと、船室を後にした。
 人は扱われ方でその振る舞いを変える。サンジの新鮮な反応を見たとき、ゾロは自分の心に芽生えた新しい欲望を知った。
 幾層ものフィルターに注意深く覆い隠されたサンジの生の表情が見たい。
 まな板の上の蛸みたいに赤く染まったサンジを思い出して、思わず漏れそうになった笑みをゾロは必死で堪えた。
 「・・・あんたがもしサンジくんを無事に連れて帰ってこなかったら、麦藁海賊団、破門ってとこだったかもね」
 そんなゾロの様子を気に留めるでもなく、ナミは気丈に言う。
 「てめぇにこの船の人事権があると聞いたことはねぇぜ」
 「ないとも聞いたことないでしょ?とにかく彼の料理なしの航海なんて伸びないルフィ、嘘をつかないウソップだわ。そうなったら私も慎んで船を降りさせて頂きます」
 「相変わらずしたたかな女だぜ」
 「どうとでも。背に腹は変えられないの。あんただってサンジくんがいない航海なんてつまらないでしょ」
 「・・・別に」
 「あら、相変わらず素直じゃないわねぇ、ボクちゃんは」
 「うるせぇ」
 そう吐き捨てたゾロは踵を返し、上部甲板へ続く階段へ向かう。数歩行ったところで振り返り、ナミを見てにやりと笑った。
 「勝利の女神がいなけりゃ、鷹の目との再戦も天下取りもあったもんじゃねぇからな」
 「女神?何なのそれ、似合わないこと言っちゃって」
 聡明な航海士にそれ以上何かを言う気もなく、ゾロはトレーニングを再開するために階段を登り始めた。

 仲間に自分の骨を与えても平気で微笑んでみせる業の深い男は、そろそろ起き出してキッチンに立つ頃だろうか。テーブルを豪華な料理でいっぱいにして、皆の笑顔に満足の吐息を洩らすために。
 
 ゾロは甲板を駆け抜ける潮風に髪を揺らしながら、骨までも惜しみなく与えられることの贅沢を思っていた。

作品名:Luxurious bone ―後編― 作家名:nanako