虎の言い分
奴は部屋にいるか?と、小声で宿の主人に尋ねる。
相手はこちらを一瞥し、無言で客室の鍵をカウンターの上に置いた。
どうやら、いるらしい。
「悪いな、これは俺からの礼だ」
シグナス王ガーランドはそれを受け取り、入れ替わりに金貨を一枚置く。
主人は袖にするりとそれを入れて、ぼそりとこぼした。
「彼女、妙にご立腹した様子でしたが」
ガーランドはそれを聞くと、苦笑した。
さざ波のように口元による皺。それが、砂漠の国で剣闘士から王にまで成り上がった、荒々しい男の表情を幾分和らげたのだった。
「あぁ。だから、ご機嫌取りに、ここに来たんだ」
***
ガーランドが、二回り近く年下の恋人(『情人』『愛人』と回りの連中は無粋な事を言うが、王にとってはこの呼び方が一番しっくりくるのだ)の機嫌を損ねたのは半日前。
よかれと思って渡したプレゼントが相手の逆鱗に触れたらしい。
普段はクールなはずの彼女が「いるか、こんなもの!」と、椅子を蹴って立ち、贈り物を地面に叩きつけたのだ。
どんなに宥めても、何が気に入らなかったのか訊ねても、相手の機嫌が良くなるわけでもなく。
途中部下が仕事の件でガーランドを連れ戻しにきたので、彼はそっぽをむいたままの彼女を残し、砦に戻らざるを得なかったのである。
手渡したプレゼント。それは、極端に布地が少ないセクシー黒下着だった。
シグナスは、一攫千金を求める行商人や、臑に傷のある傭兵の類が大陸全土から集まる場所である。
旅人や移住者は老若男女様々だが、やはり、砂漠という生活しにくい環境上、比較的若い男の割合が多かった。
若い男が集えば、自然、そこには歓楽街が出来る。
シグナスの夜にひっそり開かれる闇市では、武器や火薬、表に流せない宝石、貴金属の他に。
男の欲をそそる物……大人のおもちゃやらセクシーランジェリーやらが……を取り扱っている店が、軒を連ねているのだ。
(そんなにイヤだったのか?)
砂塵まみれた階段を一歩ずつ登り、ガーランドはトマトのように真っ赤になったストックの顔を思い出す。
怒髪天をつく、とはまさにあのことか。
過ぎたことだというのに、背筋が寒くなる。
(似合うと思ったんだがな)
健康的な小麦色の肌に、金色の髪、憂いを帯びた切れ長の瞳、どこか陰のある表情に……黒い下着。
(うん、似合う)
武王は頷いた。
しかし、実際そのように口に出した時。
ストックが「似合う!?何処が!!」と、荒々しい声で言ったのは記憶に新しい。
やはり、年齢が離れていると感性も異なるものなのか。
ガーランドはため息をついた。足下でぎしぎしと床がきしむ音がする。
それに呼応するように、王が手に提げているピクニックバスケットの中の物もカチカチ堅い音を立てた。
これは、コルネ村産のワイン瓶と瓶が触れあう音だろう。
高い希少価値といい、破格の値打ちといい。
世界中の酒が集まると言われているスカラでさえ、滅多のお目にかかれない高級品である。
酒でストックの機嫌がとれるのか、わからない。だが、それ以外の手は思いつかない。
無粋なガーランドにとって、ご機嫌とり=酒 だった。
普段感情の変化の幅が少ない分、一度へそを曲げたストックはなかなか機嫌を元に戻してくれない。
以前喧嘩したときは、抱かせてもらえないどころか、キスや頬ずり、握手、果ては指先一本触れる事でさえ、禁じられたこともあった。
こう言う時こそヤればいいんだよと、無理矢理事に及ぼうとしようとしたら。容赦なく蹴られ殴られ、平手打ちされ。
結局、キスのお許しを貰うのに、二週間もの時間を要することとなってしまった。
(あんな生き地獄……二度とごめんだぜ)
ガーランドは、ストックが泊まっている部屋の前に立った。
ノックをゆっくりと三回する。返事は、無い。
「ストック、いるか?俺だ」
「……あんたか」
不機嫌が存分に声に滲み出ている。
あぁ、これはずいぶんとご立腹のようだなと苦笑して、話を続けた。
「なぁ、入っていいか?」
「嫌だと言ったら?」
返事をせずに、ガーランドはドアノブを回し、引っ張った。
当たり前だが、鍵がかかっているので開かない。しかし、ここは慌てず騒がず。
ガーランドは、宿屋の主人から貸してもらった鍵を取り出し鍵穴に差し込み捻る。
そして、再びドアノブを回すと今度は簡単に戸が開いたのだった。
滑り込むようにして部屋に入ると、後ろ手でドアを閉め、鍵をかける。
日はとうに沈んでおり、室内は暗い。
だが、部屋の片隅、窓枠から吊してあるカンテラが、ぼんやりと周囲を照らしていたのだった。
その光の下、ベッドの上にはストックがいる。
ガーランドがぎょっとしたのは、彼女の代名詞と言っていいであろう赤い服を着ていないからだった。
彼女は、胸を隠すようにして服を身体に押さえつけている。
それからはみ出した肩が、闇の中でカンテラの明かりに照らされ、ほのかに白く光っていた。
顔を伏せ、カーテンのように左右の髪が垂れ下がっているので、表情はよくわからない。
ただ、確証はないのだが、何となく怒っているのではないように感じられた。
「スト」
「来るな」
矢のように真っ直ぐ飛んでくる、拒絶の言葉を胸で受け止めて。ガーランドはどんどん前に進んだ。
そして、ベッドに片膝をつき一気にストックとの距離を縮めると、力任せに赤い服をはぎ取った。
その下にあったのは。
「着て、くれたのか?」
昼間渡した、布地の部分が少なく、秘所を必要最小限に覆い隠す程度しかない、あの黒い下着。
それを纏った十代後半の、張りと若さに溢れたみずみずしい肢体。
「……服、返せ」
ストックは力無く言うと、身体を隠すように、腕で自分の身体を抱きしめる。
金色の髪の隙間から見えた横顔は真っ赤だった。
「俺のこんな姿、見ても楽しくはないだろう?」
羞恥でか、語尾が震えている。
答える代わりにガーランドは、ストックの髪をかきあげた。
指の間をすりぬく髪の感触がおもしろくて、二回三回繰り返した後。出来るだけ優しく髪の毛をストックの耳にかけてやった。
水色の双眦が、まっすぐこちらを睨みつけてくるが、涙で潤んでいるせいか、まったく凄みは感じられない。
「あー……なんていうか」
泣き顔のストック。
滅多に見られない弱々しい表情に、自身の顔に熱が集まっているのを感じる。
四十近くの大男が『赤面』だなんて。
(生娘じゃあるまいし。柄じゃねえな)などと思いつつ、本当に小さい声で武王は言ったのだった。
「似合うぞ。とても似合う」
「冗談が過ぎるな」
「本当だっ」
ガーランドは強情なストックの手首をつかむと、全体重をかけて彼女を押し倒した。
大きな音をたて、ベッドがきしむ。
足をバタつかせ必死であがくストックをよそに、腕を片手でシーツに縫いつける。
遮るものがなくなり、はっきり見えるようになった、形のいい胸。
引き締まったウエストに、無駄のない肉が付いた太股。
鍛えているのか、全体的に丸みは少ない。
だが、肩の柔らかい曲線は、紛れもなく女のものだった。
相手はこちらを一瞥し、無言で客室の鍵をカウンターの上に置いた。
どうやら、いるらしい。
「悪いな、これは俺からの礼だ」
シグナス王ガーランドはそれを受け取り、入れ替わりに金貨を一枚置く。
主人は袖にするりとそれを入れて、ぼそりとこぼした。
「彼女、妙にご立腹した様子でしたが」
ガーランドはそれを聞くと、苦笑した。
さざ波のように口元による皺。それが、砂漠の国で剣闘士から王にまで成り上がった、荒々しい男の表情を幾分和らげたのだった。
「あぁ。だから、ご機嫌取りに、ここに来たんだ」
***
ガーランドが、二回り近く年下の恋人(『情人』『愛人』と回りの連中は無粋な事を言うが、王にとってはこの呼び方が一番しっくりくるのだ)の機嫌を損ねたのは半日前。
よかれと思って渡したプレゼントが相手の逆鱗に触れたらしい。
普段はクールなはずの彼女が「いるか、こんなもの!」と、椅子を蹴って立ち、贈り物を地面に叩きつけたのだ。
どんなに宥めても、何が気に入らなかったのか訊ねても、相手の機嫌が良くなるわけでもなく。
途中部下が仕事の件でガーランドを連れ戻しにきたので、彼はそっぽをむいたままの彼女を残し、砦に戻らざるを得なかったのである。
手渡したプレゼント。それは、極端に布地が少ないセクシー黒下着だった。
シグナスは、一攫千金を求める行商人や、臑に傷のある傭兵の類が大陸全土から集まる場所である。
旅人や移住者は老若男女様々だが、やはり、砂漠という生活しにくい環境上、比較的若い男の割合が多かった。
若い男が集えば、自然、そこには歓楽街が出来る。
シグナスの夜にひっそり開かれる闇市では、武器や火薬、表に流せない宝石、貴金属の他に。
男の欲をそそる物……大人のおもちゃやらセクシーランジェリーやらが……を取り扱っている店が、軒を連ねているのだ。
(そんなにイヤだったのか?)
砂塵まみれた階段を一歩ずつ登り、ガーランドはトマトのように真っ赤になったストックの顔を思い出す。
怒髪天をつく、とはまさにあのことか。
過ぎたことだというのに、背筋が寒くなる。
(似合うと思ったんだがな)
健康的な小麦色の肌に、金色の髪、憂いを帯びた切れ長の瞳、どこか陰のある表情に……黒い下着。
(うん、似合う)
武王は頷いた。
しかし、実際そのように口に出した時。
ストックが「似合う!?何処が!!」と、荒々しい声で言ったのは記憶に新しい。
やはり、年齢が離れていると感性も異なるものなのか。
ガーランドはため息をついた。足下でぎしぎしと床がきしむ音がする。
それに呼応するように、王が手に提げているピクニックバスケットの中の物もカチカチ堅い音を立てた。
これは、コルネ村産のワイン瓶と瓶が触れあう音だろう。
高い希少価値といい、破格の値打ちといい。
世界中の酒が集まると言われているスカラでさえ、滅多のお目にかかれない高級品である。
酒でストックの機嫌がとれるのか、わからない。だが、それ以外の手は思いつかない。
無粋なガーランドにとって、ご機嫌とり=酒 だった。
普段感情の変化の幅が少ない分、一度へそを曲げたストックはなかなか機嫌を元に戻してくれない。
以前喧嘩したときは、抱かせてもらえないどころか、キスや頬ずり、握手、果ては指先一本触れる事でさえ、禁じられたこともあった。
こう言う時こそヤればいいんだよと、無理矢理事に及ぼうとしようとしたら。容赦なく蹴られ殴られ、平手打ちされ。
結局、キスのお許しを貰うのに、二週間もの時間を要することとなってしまった。
(あんな生き地獄……二度とごめんだぜ)
ガーランドは、ストックが泊まっている部屋の前に立った。
ノックをゆっくりと三回する。返事は、無い。
「ストック、いるか?俺だ」
「……あんたか」
不機嫌が存分に声に滲み出ている。
あぁ、これはずいぶんとご立腹のようだなと苦笑して、話を続けた。
「なぁ、入っていいか?」
「嫌だと言ったら?」
返事をせずに、ガーランドはドアノブを回し、引っ張った。
当たり前だが、鍵がかかっているので開かない。しかし、ここは慌てず騒がず。
ガーランドは、宿屋の主人から貸してもらった鍵を取り出し鍵穴に差し込み捻る。
そして、再びドアノブを回すと今度は簡単に戸が開いたのだった。
滑り込むようにして部屋に入ると、後ろ手でドアを閉め、鍵をかける。
日はとうに沈んでおり、室内は暗い。
だが、部屋の片隅、窓枠から吊してあるカンテラが、ぼんやりと周囲を照らしていたのだった。
その光の下、ベッドの上にはストックがいる。
ガーランドがぎょっとしたのは、彼女の代名詞と言っていいであろう赤い服を着ていないからだった。
彼女は、胸を隠すようにして服を身体に押さえつけている。
それからはみ出した肩が、闇の中でカンテラの明かりに照らされ、ほのかに白く光っていた。
顔を伏せ、カーテンのように左右の髪が垂れ下がっているので、表情はよくわからない。
ただ、確証はないのだが、何となく怒っているのではないように感じられた。
「スト」
「来るな」
矢のように真っ直ぐ飛んでくる、拒絶の言葉を胸で受け止めて。ガーランドはどんどん前に進んだ。
そして、ベッドに片膝をつき一気にストックとの距離を縮めると、力任せに赤い服をはぎ取った。
その下にあったのは。
「着て、くれたのか?」
昼間渡した、布地の部分が少なく、秘所を必要最小限に覆い隠す程度しかない、あの黒い下着。
それを纏った十代後半の、張りと若さに溢れたみずみずしい肢体。
「……服、返せ」
ストックは力無く言うと、身体を隠すように、腕で自分の身体を抱きしめる。
金色の髪の隙間から見えた横顔は真っ赤だった。
「俺のこんな姿、見ても楽しくはないだろう?」
羞恥でか、語尾が震えている。
答える代わりにガーランドは、ストックの髪をかきあげた。
指の間をすりぬく髪の感触がおもしろくて、二回三回繰り返した後。出来るだけ優しく髪の毛をストックの耳にかけてやった。
水色の双眦が、まっすぐこちらを睨みつけてくるが、涙で潤んでいるせいか、まったく凄みは感じられない。
「あー……なんていうか」
泣き顔のストック。
滅多に見られない弱々しい表情に、自身の顔に熱が集まっているのを感じる。
四十近くの大男が『赤面』だなんて。
(生娘じゃあるまいし。柄じゃねえな)などと思いつつ、本当に小さい声で武王は言ったのだった。
「似合うぞ。とても似合う」
「冗談が過ぎるな」
「本当だっ」
ガーランドは強情なストックの手首をつかむと、全体重をかけて彼女を押し倒した。
大きな音をたて、ベッドがきしむ。
足をバタつかせ必死であがくストックをよそに、腕を片手でシーツに縫いつける。
遮るものがなくなり、はっきり見えるようになった、形のいい胸。
引き締まったウエストに、無駄のない肉が付いた太股。
鍛えているのか、全体的に丸みは少ない。
だが、肩の柔らかい曲線は、紛れもなく女のものだった。