虎の言い分
「捨てられたと思ってたんだが……」
ほぼ紐だけで構成されている下着を少し掴み上げると、組み敷いた肉体が弾かれたように震えた。
「……あんたに、初めてもらった物を、捨てる訳、無いだろ。
贈り物の内容よりも、純粋に、贈り物をしてくれたこと自体が……嬉しかったんだ。
女らしい格好に、興味が無かった訳でも……なかったからな」
目を反らし、耳まで真っ赤にして言うストック。
普段は無愛想なくせに、前触れも無く可愛いことを言ってくれる。
これが、溜まらなく……愛おしい。
ガーランドは、自身の脳の奥で、何かが切れる音がした。
拘束していた手を離す。
そして、逃げられないように彼女の顔の両脇に手を突いた。
「なぁ、ストック。知ってるか?」
「……何がだ?」
相手は落ち着き無く目線を動かしている。
どうにかしてガーランドから逃げようと考えているのだろうか。
「男が女に服……この場合は下着だが……を贈る意味、だ」
「さぁ、知らないな」
武王はぐっと顔を近づけた。
ととのった鼻梁、やや垂れている涼しげな目元。
薄い唇が動いて
「なんだ、急ににやついて。気持ち悪い」
出てきた言葉でさえ、今のガーランドの耳に甘く優しく響いた。
「それはな……脱がせる為なんだよ」
呟いた後、ガーランドは相手に覆い被さった。
そして「どけろ!重い!そして意味がわからん!」と暴れ始めたストックの肩に顔を埋めると、欲望赴くまま――……。
***
荷馬車の車輪が回る音
露天商の客寄せの声
旅人たちの足音
驢馬や駱駝のいななき
小鳥のさえずり
ご機嫌取りの為に持ってきたワインを仰ぎ飲みながら、武王ガーランドはシグナスの朝の喧噪に耳を傾けていた。
活気溢れる外とは対照的に、室内は水を打ったような静けさである。
カーテンの隙間から差し込む光が、ガーランドの足に抱きついているストックを照らしていた。
目を閉じ、肩が微かに上下している所からすると、どうやらまだ眠っているようだ。
いつもなら、彼女の方が先に起きてガーランドを(文字通り)叩き起こしてくれるのだが。
王はコップを机の上、空になった数本のワイン瓶の横に置くと、ストックがはねのけた毛布を掛け直してやる。
その時一瞬だけ露わになった裸の上半身には、赤い痕、爪痕、噛んだ痕が沢山残っていた。
(昨晩は、無理をさせすぎたな)
枕の傍らにはくしゃくしゃに丸まった黒い下着が転がっている。
それを掴み上げてガーランドは一人ごちた。
「だが、なかなか……よかったな。あぁ、よかった」
情事を思いだし、つい、頬がだらしなくゆるんでしまう。
金色の髪を乱し、シーツを皺ができるまできつく握りしめ、熱っぽい目でこちらを見上げる、半ば脱げかけた下着を纏ったストック。
「まだまだガキのくせに、どこにあんな色気を隠してたんだか……」
下着をテーブルの上に置き、今度はバスケットを引き寄せた。
太い腕をつっこんで、中から取り出したのは、白い下着。
黒い下着を購入した露店の親父が、訳知り顔で
「旦那(どうやらガーランドの素性を知らないようだった)、
たまにはこういう物もいいんじゃないかい?」
と、勧められるまま購入した、べびぃどおるという名の代物である。
黒のそれとは違い、レースがふんだんに取り入られており、がーたーべるとなる聞き慣れない装飾もおまけとしてついていた。
それを眺め、ガーランドは暫し頭を働かせる。
「これも、ストックの奴に……着せたら似合うだろうな」
一見すると、クールな彼女に甘い下着は不釣り合いかもしれない。
だが、引き締まった身体にレースのアンバランスさがいいのだ。
着飾るのに慣れていない彼女のこと『こんなもの着られるか!』と拒否するだろう。
そこを無理矢理押さえて着させるのもまた一興で……。
「着ないからな」
視界の下から、尖った声がした。まさかと思い、声のした方を見る。
そこには、眠り続けているとばかり思っていたストックが、水色の瞳を怒らせじっとこちらを睨みつけていたのだった。
思わず身を堅くする。その拍子に、手から白い下着が滑り落ちていった。
「……いつから起きてたんだ?」
「あんたが毛布を掛けなおした時からだ」
「そ、そうか」
「着ないからな」
「何言」
「絶対に 着 な い か ら な 」
ストックは、魔獣ですら簡単に射殺せそうな目つきのまま言い放つと。
ガーランドのふとももを強く抓ったのだった。