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吐きだめに犬

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 カフェオレにスティックシュガーを三本入れようとすると、二本目を投入し終わる前に栄口が顔をしかめて「歯が溶ける」と忠告してくれた。今どき田舎のばあちゃんだって言わないような苦言に少し驚いて向かいを見ると、砂糖もミルクも入れていない真っ黒なコーヒーを口に含んだ栄口は「本当に水谷はなぁ……」っていう優しい顔をしていた。
 なにそれ、かっこよすぎるんですけど。思わず胸の中でジタバタ小躍りしちゃったし。ていうかオレにとってはブラックコーヒーを飲むことができるだけで尊敬に値するよ。オレはあの中へミルク三個と砂糖三個を入れても「苦い」って弱音を吐ける自信がある。
 でももし栄口の言うとおり歯が溶けちゃったらどうなるんだろう。ぼろぼろの歯じゃ目の前のドーナツはきっとおいしく食べられない。
「いいもん溶けても、入れ歯デビューするから」
「怪我ってもいないのに入れ歯の高校球児ってかっこつかない」
 そう笑って栄口は簡素なドーナツを一つ口へ運んだ。比べてオレの皿にはチョコレートがたっぷりかかったのと、ホイップクリームがどっさり入って粉砂糖まみれのが二つ乗っている。これを飲み下しつつ栄口の相談に乗るのがオレの特権であり、罪。
 「でさぁ、この前のアレはどーなったの?」
 オレがニヤニヤと頬を緩めながら詰問すると、栄口はいつものように少し照れて目を伏せる。
「あー、うん……うまくいったよ?」
「まじでまじで?」
「水谷の言ったとおりだった」
 余裕ぶった態度で「よかったじゃん!」なんて言ってるけど、心の中は大雨洪水警報のざんざん降り。やり切れなくて頬張ったドーナツからは生クリームがはみ出て口の周りについた。
 オレの言ったとおりって、あれ全部作り話なんだけどな。雑誌とビデオから得た知識を披露しているだけで、原材料に実体験は含んでおりません。すべて着色料と添加物でできております。その辺から徐々にメッキが剥がれていくんだろうなって思ってたけど、栄口の反応からしてどうもまだオレはピカピカみたいよ? 水谷はすごいなぁ頼れるなぁって崇拝の対象みたいよ? 先人の知識侮り難し。
「ミキちゃんはどうだった?」
「ミキは……」
「うわっ、チューしたらもう呼び捨てかよ」
 栄口が咎めるようにオレの脚を蹴ってきた。その衝撃が机に伝わり、カフェオレの濁った水面がゆらゆら揺れる。危ない危ないこぼれちゃうとすすったら、栄口がげんなりするくらい砂糖を入れたのにもかかわらず、不思議と甘くなかった。
「でもさ、水谷には感謝してるよ」
 耳を塞ぎたいのに、右手に食べかけのドーナツ、左手にカフェオレを持っているからそれすら叶わない。
「オレさ、つきあうとかよくわかんなかったから不安だったけど、水谷がいてくれてよかった」
 おかしい、このドーナツさっきまでおいしかったのに今は全然甘くないよ、お店の人に取り替えてもらおうかなっ……ってほどオレも気が触れていないんだけど、どうにかならないかなこの情緒不安定。
 要するに、言ってもらえて嬉しい言葉と、それから導き出せる原因とを、オレの中でイコールで結びつけたくないからこんなにグラグラなんだよね。自分の好きな人が「彼女とうまくいってるのはお前のおかげだ」なんてさぁ、世知辛いにも程があるだろ! 昔のオレだったら泣いてるぞ!
 でも泣かないんだぜ、だってもう高校生だから泣いたりしたらみっともないって姉ちゃんが言ってた。これは大事にとって置いたプリンを勝手に食われて号泣しちゃったときに姉ちゃんから言われたんだけど、多分こういうときにも当てはまると思う。泣くのはみっともないし、それに栄口の目の前で涙ぐんだりしたらきっと困らせるだろ。オレってなんて奥ゆかしい!
 そういうわけで先程好きな人が彼女と無事にファーストキスを済ませたという報告を受けて、若干オレの心のダムが決壊寸前です。やばいよ、下流地域に避難勧告レベルだよ。なのにオレ(本体)はダム決壊主栄口の前でおどけて見せるしかないんだよ。災害対策本部は常に日和見で、水に呑まれることもしばしばです。
 とにもかくにもミキちゃんですよ。かわいい? って聞いたら栄口が顔を赤くしたあと、すっごく素っ気無く「別に」ってごまかしてたから、あれは確実にかわいいね。絶世の美少女ってほどじゃないかもしれないけど、きっと栄口にとっては心のベストテン第一位なんだろうなぁ……あー憎い。あっ、ウソウソ、嘘です。なのに栄口はもったいないのか、その自慢の彼女の顔を一度も見せてくれないから、気になって気になって仕方がない。栄口が初チューで気が緩んでいる今日こそ、そのお顔を拝見できるチャンスだと企んでいる。
「オレ、ミキちゃんがどんな子か見たいな」
「やっ、やだよ」
「写メとかプリクラとかないの?」
「……」
「あるんだろ〜?」
「あるけど見せない」
「なんでよー、けち」
「取られたら嫌だから」
「オレに?」
 両手でコーヒーカップをぎゅっと握り締めた栄口が首を縦に一回振る。
「ミキちゃんを?」
 今度はすばやく二回頷いた。顔はうつむいて見れないけど耳が真っ赤だった。

 あーマジ早くこの世が終わってくれないかなー!!

作品名:吐きだめに犬 作家名:さはら