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獣のようにもう一度

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 げほげほとむせてしまったオレへ差し出されたポカリは生ぬるく、ペットボトルの表面は味気なく乾いていた。液体が喉を下り、絡まっていたものを流し込んだらだいぶ楽になった。
 始めてからずっと足りていなかった酸素をここぞとばかりに目一杯吸い込んでまた咳が押し寄せ、たまらずもうひと口ポカリを飲み下す。息はゼエゼエ、結構ボロボロ、目尻に涙が溜まる感じがする。ああしんどい、ちょっと三途の川が見えた。おいおいずいぶん近い地獄だな、その川ってひょっとして荒川なんじゃねーの。
 ポカリの持ち主、栄口は心配そうにオレの背中をさすってくれている。全部飲んでもいい、というお許しをもらい、わずかに残る液体を今度はゆっくり流したけど、ポカリじゃない変な味が口の中に残る。あんまり好きじゃないし、どちらかといえば苦手なのに、オレはこの唾液を吐き続ける密やかな恋に専念することを止めないわけで、栄口のためならひたすら一生懸命です。
 こんなふうに気管に入っちゃうことなんて初めてだったから隣の栄口がかなり不安げにオレを見ている。なんかせつないなぁ。別に死んだりするわけじゃないし、そんな顔して欲しくない。それに、事の発端も引き起こされた事態も全部オレの善意が原因になっているわけで、あれだあれ、自業自得ってやつ。
 気遣いされるのはちょっとうれしいけど、『やっぱりできない』って印象づけられちゃうほうが何倍も嫌だ。オレはできます、栄口のためなら何でも。それが恋だし愛だし、オレの盲目的な感情だけが二人の関係を継続させているから弱いところなんて見せられない。好きな人の役に立てているのなら、ぜんぜん平気、むしろハッピーよ。両手で握り締めていたペットボトルの飲み口が、部室の疲れた蛍光灯の明かりを受け淡く潤んだ。
「……かっ」
「か?」
「間接キス……」
 やさしく撫でてくれていた手が勢い良く背中へ叩き付けられ、バンとでかい音がした。音のわりにあんまり痛くないってことはわざと肺のあたりを狙ったっぽい。調子に乗るなってことですか?
 オレが持っていた空っぽのペットボトルを横から奪い取り、栄口はベリベリとラベルを剥がし始めた。ゴミの分別ご苦労様です。練習が終わったあとに二人で残ってたから外は真っ暗で、いろいろ疲れてんのにチャリこいで帰らなきゃいけないと思うとだるい。部室が家ならいいのに。あっ今オレすげーバカっぽいこと言った気がする。
 しかしだるいわぁ。かがんだとき首が苦しくて外したボタンをかうのも面倒だし、シャツの袖も、あれ? なんか付いてる……あ、そっか、多分むせたときにこぼしちゃったんだ。うん、見なかったことにしよう!
 ……オレ油断してたかなぁ、今日は栄口が疲れててあんまり乗り気じゃないのに無理にさせてもらった感があって、じゃあ早く終わらせよーってがんばったらこのザマなわけで、あー五回目で確固たる気持ちが緩んでた、とか。
 ん? 五回? 全部で五回だよな? 今日も含めて部室で四回、オレんちで一回、ほら五回じゃん。いちいち覚えてるのってキモチワルイかなぁ。うーん、微妙なとこだな、うっかり喋らないようにしよ。まぁ五回ですよ五回。最初んときよりはだいぶ上手くなった……と自分に言い聞かせたいんだけど、上達してるのかどうかは栄口にしかわからない。でも聞いたって教えてくれる相手じゃないっていう賢いオレの予想。
「ねー、気持ちよかった?」
 栄口の手の中で空のペットボトルがめきめき潰れた。ひぃ。まぁアレよ、出したんだから良かったってことにしておこう! でもオレがひたすらしつこいだけのような気がしないでもない。やめてってお願いされても無視してそのまま続けた結果なのかもしれない。思い当たって袋小路、少し前までのふしだらな有様がまるで幻だったかのように身支度を整えてしまった栄口が、へたり込んだままのオレへ手を差し伸べても、嫌な予感は続く。
「水谷さ、無理にこんなことしなくても……」
 ほら来たー! 来ると思った! おおお後悔が半端ないぞ、あの瞬間まで時間を戻したいな。そういう栄口のやさしいところ大っ好きなんだけど今はいらない、オレのことがかわいそうなんてこれっぽっちも思わなくていい、無理なんてぜんぜんしてないよ。
「平気だよぉ、好きだから……」
 向かい合った栄口は、眉間にしわを寄せていぶかしげにオレを見つめている。
「あっ! えええっ、違うくてっ!」
 やっべすごい勢いで変態認定されるところだった。男のオレが男相手にお口でご奉仕なんてそいつのことがよっぽど好きじゃないとできないことだろ?
 少なくとも栄口を好きになる前のオレだったら死んでも嫌だったね。今だって栄口以外の誰かになんて、それで生きるか、もしくは死ぬかを選ばなきゃいけなかったら後者にします。要するに愛は偉大ってこと。
「栄口のことがっ」
 好きなんです……
 ぎゅっとこぶしを握って告げたけど、最後のほうは部室の乾いた空気の中で力なく掻き消えた。栄口はいっそう怪訝そうな顔になり、部室に立ち尽くすオレへ振り向きもせずに電気を消した。こういうやりとりも、もう五回目。

作品名:獣のようにもう一度 作家名:さはら