庭師の恋
降りしきる雨が、フリオニールの体を芯まで冷やす。前髪から滴り落ちる雨粒が、涙と混じり落ちる。
「……」
美しかった屋敷は焼け落ち、跡形も無い。フリオニールが丹精込めて育てた花々も、無残に踏み潰されている。
「フリオニール、行くぞ」
「あぁ……」
執事であったライトの言葉に頷いて、フリオニールは硬く目を閉じた。
約束は、叶わなかった。叶えることは、できなかった。野ばらの花が咲く頃、ティナの美貌に目を付けた皇帝から、後宮へ召しあげるとの使いが来たのだ。一人娘を溺愛していたブランフォード伯は当然の様に拒んだが、抗いきれなかった。
ブランフォード伯マディンは妻と共に処刑。ティナは皇帝のもとへと連れて行かれてしまった。屋敷には火をかけられ、使用人たちも散り散りになってしまった。
それでも。
「ティナ様は、取り戻す」
「そうだな……」
力強いライトの言葉にもう一度頷いて、フリオニールは天を仰いだ。脳裏をよぎるのは、最後に見たティナの泣き顔だ。はにかむような笑顔が何よりも似合う少女だったのに、嫁ぐときはきっと屋敷の誰からも祝福されるのだろうと思っていたのに。
零れそうな嗚咽を、唇を噛み締めて堪える。嘆き悲しむ時間は、今の自分たちには与えられていない。
人望の厚かったブランフォード伯爵の処刑により、帝国中が動揺しているような状況だ。皇帝の圧政に対する不満は募り続けていたが、今回が燎原に放たれた火花となりそうだった。
もしこのままフリオニールが諦めれば、遠からず皇帝は倒され…その寵姫として、ティナもまた民衆に打倒されかねない。手遅れになる前に、せめてティナだけは助けたいというのが、ブランフォード家に仕えていた者たち全ての願いだ。
ぐ、と手を硬く握りしめて、フリオニールはゆっくりと視線をライトへと向けた。一見、普段と変わらない無表情ぶりだが、その双眸の奥底に瞋恚の焔がちらついているのが分かる。それはきっと、自分も同じだろうとふと思った。
短く息を吐いて、微かに頭を下げる。
「……ごめんライト、待たせた」
「……まずはスコールと落ち合おう。そこから考えよう」
「あぁ」
許せるものか。ただその思いだけが、フリオニールを支えていた。