骨に刻んだ約束の証
中学3年の冬、竜ヶ峰帝人は志望校である来良学園の受験の為に池袋へ来ていた。会場で再会出来るかと思われた幼馴染には会えなかったが仕方ない、と諦めて寒いのでさっさと帰る事にする。その受験の切欠ともなった幼馴染と再会出来たのなら観光でもしていく心算だったが案内も無しに雑踏を歩く気にはとてもなれなかったのも一因している。同じく帰るのだろう人の波に逆らわずに駅までの道を歩いた。
試験結果に取り敢えずの不安は無い。今は会場の緊張から解放されただけ気分が良いのだ。模擬試験の判定を当てにするなら充分に合格出来る範囲にあり、もう今日は勉強しないでご無沙汰していたパソコンに向かおう、と憂さ晴らしを考えていた。
この時点での帝人にとって憂さ晴らしとはパソコンだった筈である。
しかし突如、馬の嘶きの様な音がして彼の憂さ晴らし対象はパソコンから離れる。
――こんな所に、馬?
そんなわけが無いだろう、と先ず己の耳を疑って、しかし周囲の反応から空耳ではないと知れる。何事もなかったかの様に歩いていく者と不安そうに立ち止まる者とは凡そ半々といったところだが、帝人はそのどちらからも外れて音の方へ駆け出していた。
彼は己のやや過剰な程の好奇心を把握している心算でいる。何かあるのならば、そしてそれがその手に届くのならば接触せずにいられないのだ。今回も知ってはいても治す気のない悪癖が起こした行動だと、それに受験の憂さ晴らしが加わった事が原因だと思っていたが、実際はそうではない。
そうでなければ漆黒の二輪駆動に跨った影を思わせるライダースーツに特徴的なフルフェイスのヘルメットを被った人物が、目が合ったと思しき瞬間に彼へと歩み寄り、肩を掴んでその顔をまじまじと見るなど有り得はしないのだ。
「あ、あの……」
彼には目前の人物の特徴すら掴めず知人かどうかも判断しかねたが、恐らくは知人ではないと当たりを付け、そうなると肩を掴まれる覚えも凝視される謂れも無い。
切実に放して欲しい。携帯電話のカメラ機能が作動する音が耳に痛い。
せめて場所を移動して、否、危険の可能性が否定出来ない現状ではそれも拙い。ああでもないこうでもない、と打開策を考えている彼は己が瞳を輝かせ、僅かだが笑みを浮かべている事に気付かない。その事に気付いたのは彼を凝視していたライダースーツの方で、帝人の肩から手を放し、PDAに文字を打ち込み、彼へと向けると、
『とにかく話しを聞いてくれ』
その場から帝人を連れ去った。