骨に刻んだ約束の証
張間美香は中学からの友人である園原杏里と喫茶店にいた、建前上は。
「ねえいい加減に教えてくれないかしらあの娘は何処にいるの」
「だから、何度も言うけどあの娘はもういないよ」
杏里の瞳が赤く染まり美香を睨め付けている。
「覚えてるのに知ってるのに隠すなんて狡いわ貴女が今此処にいるようにあの娘も何処かにいるに違いないのよねえあの娘とは双子の兄妹だったでしょうとても強い血の繋がりがあったでしょうその貴女があの娘の居所を知らないなんて分からないなんてそんな事ないわ」
美香は静かに茶を飲んでいる。
「二卵性双生児なんて同時に生まれただけの普通のキョウダイだよ、一卵性と同じまでの強い繋がりはないの。それに自分で言ってて分からないかな、あの娘はもういない」
2人を知る者が見たら違和感を覚えたに違いない。杏里は大人しい少女で美香の言葉に相槌を打つくらいが普段の遣り取りだ、これ程までに饒舌ではないし口調も異なる。況して睨むなど杏里が美香に対して行うものではなく、結論から言って杏里の姿をした、否、杏里の身体を使う彼女は杏里ではない。
「考えるのは得意じゃないのよはっきり言って貰えると助かるわ」
彼女の名は罪歌、現在は杏里に取り憑いている妖刀の類で、過去に己と契約を交わした少女を探している。
「貴女との約束を果たせる身体じゃないの」
罪歌の探す少女と美香はかつて兄妹という関係だった、そしてその記憶を未だに所持している。故に彼女は美香へと執拗に質問を繰り返した。
「あら弱く生まれてしまったのかしらそれとも人間じゃないのかしらそれとももう誰かと愛し合ってしまったのかしら」
杏里と違って罪歌は喋り続ける。それとも、という接続詞が幾度も繰り返されたが美香の知る回答と同じそれは出て来ない。現実逃避かはたまた、本気で分からないのだろうか。その声がやや掠れてきても杏里の身体の事を顧みない罪歌が喋り続けるので、美香は仕方無しに己の持つ回答を彼女へ突き付ける。
「あの娘は男の子として生まれたの」
それまで洪水の様に喋り続けた罪歌の言葉が止んだ。絶句、という言葉が相応しい。真紅の目を見開き、口を開閉させ、ガタリ、と机上に倒れ伏した。
「おはよう、杏里ちゃん」
後1秒でも遅かったら身を切るような悲鳴、彼女が刀という事を考えればまさしく金切声を上げていたかも知れない。この機で起きてくれた彼女へと感謝の意も込めて笑み掛ける。
「……おはようございます」
机上から顔を上げた彼女の瞳は黒い。倒れ込んだ所為でずれた眼鏡を掛け直し、罪歌が無茶をした為に渇ききってしまった咽喉を潤そうと茶を含む。
「あの、罪歌とは何を……?」
恐る恐る、といった様子で美香へと問う杏里は彼女を知る者にとっての杏里そのもので、先程までの勢いはない。そんな彼女へ美香は笑みを絶やさぬ儘に返す。
「杏里ちゃんが気にする事じゃないよ、只の恋バナだから。そう、恋バナと言えば今日の受験でね、隣に座った人が凄くカッコ良かったの!」
キャ、と頬に手を当てながら今度は美香が喋り続ける。相槌を打ったり頷いたりする杏里を見ながら、内心では今日の出逢いに難色を示す。
――どうして此処に来ちゃったの
それは話の人物とは逆隣に座っていた、かつては妹であった、今はもう何も覚えてはいない少年へと向けられた、少女としての己にあるまじき兄心だった。