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鷹の人6

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 頬を叩く風には雪が混じる。東の方が、ようやく明るくなってきたろうか。風雪の中、焚かれた篝火は、だが消える事はない。総勢、一万と三千。三千は、既に埋伏の計略により、方々の林の内部に潜伏している。敵方には、こちらの総力は一万と伝わっている筈だった。そういう流言を流したのも、潜入した部隊と、そして密かに皇帝軍に入り込ませていた間者が行った。
 やれる事は全てやったのだ。学んだ事は、おそらく極一部。ほとんどの計略は、タウロニオ及びフリーダの献策があったからこそだった。傭兵として大陸中を流転していたツイハークの知識も借りた。かつては敵対していたベグニオン駐屯軍よりの降伏部隊などからも、得るものは山ほどあった。すべてを、利用した。
 兵達はこの極寒の早朝にも関わらず、整然と隊列を組んでいた。とてもではないが、半数以上が非正規軍とは思えない。見事だ、とペレアスは思わず息を呑んでいた。
「皆、良く聞け。この度の戦、決して、こちらから手を出すな。敵は数に勝る、ゆえに、我らは悪戯に敵陣へ飛び込む事は、巫女の加護を失うと思え。我らが勝つにはただひとつ、この、暁の巫女の加護のもと戦う事に、他ならない」
 ミカヤは、出来うる限りに穏やかな表情で、ペレアスの隣に立っていた。その様は毅然としたもので、兵卒の中には、デイン解放の直前の光景を思い浮かべる者も、少なくはなかった。
「暁の巫女が我が方にいる限り、我らは負けぬ。そして、暁の巫女のため、遥か異国より、屈強の戦士もまた助力してくれる」
 ニケが、ペレアスより前にずいと進み出る。兵達の間に、わずかな緊張が走った。彼らの中には、ニケの姿を見知っているものもいるはずだ。ニケは、そのまま、化身をしてみせる。見事な銀毛を持つ狼が、現れた。
 さらに、ラフィエルがその背後につき、朗々と謡い出す。美しき白翼をひろげ、風の中謡うその姿は、篝火に照らし出され、まるで女神の使者そのものであるように見える。
「恐れることは、ありません。皆、恐れてはなりません」
 ペレアスに促され、ミカヤが進み出た。兵達は,一斉に暁の巫女の言葉に、耳を傾ける。サザとタウロニオは、両名とも、持ち場を動く事はなかった。
「彼らは私のため、尽力してくれると、女神の名の元、誓ってくださいました。そして、竜鱗族の戦士、黒竜王の子、クルトナーガも」
 竜鱗族、の言葉に、緊張感が走るのをタウロニオは見逃さなかった。
 やはりだ。あのとき、三年前。先君が従えていた、獰猛な獣。かの存在の事を、覚えている兵士達も少なからずいる。そして竜鱗族に対する認識の程。実際に目の当たりにしなければ、噂というものは、時に真実を軽く凌駕する事がある。デインにおいては、強大な力をもったアシュナードと同一の存在の様に。竜鱗族の強靭さは語られていた。もとよりラグズに対し、理解の少ない土地柄だ。
 クルトナーガが緊張の足取りで、整列したデイン兵の前に進み出る。横に、臣下の如く付き従うのは、ペレアスだった。
 無言でクルトナーガがペレアスの方を向けば、ペレアスは黙ったまま,穏やかな笑みをつくり竜王子を促す。その手は、クルトナーガの背に添えられている。
 クルトナーガは力を抜いた。
 意識を、研ぎすませる。小さな竜王子をとりまく空気が、その存在ごとまるで変質したかのように奔流をつくり、それらがすべてクルトナーガの身体のうちに流れ込んでゆく。添えた掌から、明らかに異質なものが、同様にペレアスの意識を揺さぶり、蹂躙しようと牙を剥く。それでも倒れるわけにはいかない。ペレアスは密かに古代語を呟く。魔力を、解放する。

 黎明の雪空のもと、現れたる、今しがたそこにいた少年の姿を忘れさせる程、強大で、獰猛な、黒金の肉体。

「我らには、守り神がおります。我らが頭上には、今は隠れたる、ですがしっかりと、女神の微笑みは、降り注ぎましょう!皆、恐れないで!決して、皇帝軍の暴虐には、屈しない心を!我らが,誇りを!」
 ミカヤの叫びは、総じて兵士達の心の叫びだった。
 曇天の夜明けに、歓声が迸る。皇帝軍など何ものぞ、そう叫ぶ、声が聞こえる。
 地面より響く、兵卒達の、歓喜の声は、ともすれば失いそうになる意識を、砕けそうになる膝を、ペレアスが抑える手助けをしていた。

 詭弁でも、嘘でも、それは、希望だった。
作品名:鷹の人6 作家名:ひの