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はとさぶろう
はとさぶろう
novelistID. 955
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人間じゃなくて良かった。

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コンピューター内の仮想世界は、音一つない静寂に包まれている。
小振りのヘッドホンを耳に当てたKAITOは、ごろりと横たわったまま、じっと目を閉じていた。電気信号の走る床の上に、青い髪の毛が広がっている。
ヘッドホンの向こうから聞こえてくるのは、まだ歌のついていない音楽。数日前にマスターから渡された、新しい歌の伴奏だ。うろ覚えな歌詞を脳内で反芻し、メロディを追っていく。地味で静かなイメージトレーニング。この作業が、KAITOは結構好きだった。好きだったのだが。
「わあああちょっと、カイト兄どいてっ!」
「へ?」
静寂を突き破ったのは、騒がしい少女の声。KAITOが跳ね起きれば、ばさっという音と共に目の前が真っ暗になった。
「わぶっ」
顔の上に分厚い布のようなものが被さっているらしい。起きあがっていた上半身が、重みと勢いで再びひっくり返ると、先程とよく似た声で悲鳴があがる。
「うわああああ危ないっ!」
悲鳴が途切れる寸前ぐらいで、ひっくり返ると同時に浮き上がった足に、どんと何かがぶつかってくる。鈍い痛みに、KAITOは息を呑んで足を引っ込めた。
顔の上のものと、足にぶつかったもの。そのどちらか片方も確認する暇もなく、三人目の怒鳴り声が頭上から響いてきた。
「くおぉぉらっ! リン、レン、いい加減にしろおっ!」
急に視界が明るくなり、足下も軽くなる。涙目になりながらKAITOが顔を上げれば、見慣れぬ衣装をまとった妹、弟が、ぶらりと宙に浮かんでいる。
その合間に、鮮やかな赤い姿。
「ほーら、観念して着替えなさい」
双子の妹と弟を、それぞれ片腕に抱えて凄むのは、声にはっきりと怒りの色をにじませたMEIKOであった。
「はーい」
小さく肩を竦めた二人が、声を合わせて答える。MEIKOはよし、と頷き、リンとレンを床の上に降ろした。そこで初めて、彼女はKAITOの存在に気付いたらしい。嵐のような出来事に、ぽかんと間抜けな顔を浮かべているKAITOを見て、MEIKOは赤みのかかった目をぱちりと瞬かせた。
「あらカイト、何してるの?」
涼しげな声を捉えたKAITOの中に、火花のような電気信号が走る。そのラグをつくようにして、萌葱色の女雛、男雛の装束をまとった双子がほぼ同時に声を上げた。
「もー、カイト兄がこんなところに転がってるから捕まっちゃったじゃない」
「ごめんカイト兄、リンについてったら止まれなくて」
ステレオで話しかけてくる二人の言葉を聞くと、KAITOは不満そうな妹、申し訳なさそうな弟の顔を交互に見やってから、その真ん中で仁王立ちしているMEIKOへと視線を向けた。
「三人こそ、何してたの?」
そうKAITOが尋ねれば、MEIKOの目がキリキリとつり上がる。
「聞いてよ、リンもレンも、すんごい失礼なんだから!」
未だに荘厳な和装を解いていない双子の腕を掴み、MEIKOが食いつくように訴えてくる。
「こうやって雛人形の格好してれば、アタシが結婚出来ない言い訳になるって言うの!」
「け、結婚?」
予想もしていなかった言葉にKAITOが目を白黒させると、妹はいたずらが成功した笑顔で、弟は叱られてしょげかえるような表情で、それぞれに口を開く。
「だって、お雛様ってずっと出してると結婚できなくなるんでしょ? レンが教えてくれたもん」
「だから、リンがいつまでもおひなさまの格好してたら、そのせいでメイコ姉がいき遅れって言われるかもしれないって言っただけじゃないか」
「つーまーり、レンはアタシが結婚も出来ないがさつで乱暴で大酒飲みな女だって言いたいわけ?」
「そうだよーレンひどーい」
「えええ違うよっ!」
「大酒飲みっていうのは合ってるけど」
「なあに?」
正直な言葉をもらしたKAITOを、MEIKOはぎろりと睨む。何でもないです、と言いながら、KAITOは首を横に振った。
MEIKOの腕から力が抜けたのを感じて、リンとレンはするりと逃げ出す。床の上に降り立った男雛と女雛は、互いの顔を見やりながら喋る。
「ねえリン、もう脱いでも良いでしょ?」
「うん、十分おひなさまの気分になった!」
弟は疲れきった顔で、妹は満足しきった顔で、胸の前で手の平を広げた。仄かな光を放ちながら、二人の和装が電気信号へと変化していく。分解され、一度はただの光となって散ったものが、元の衣装に戻ったリンとレンの手の上に集束する。集まった光は、小さな萌葱色の巾着に姿を変えた。
「じゃあね、メイコ姉」
「またね、カイト兄」
双子の妹と弟は、巾着を手に提げて駆けていく。弾むように遠ざかっていく背中を見つめるKAITOの耳に、ふん、とMEIKOが鼻で息をつくのが聞こえた。ひっつかまえたことで、とりあえず溜飲は下がったらしい。先程よりは穏やかな顔になったMEIKOを、KAITOは振り返った。
「結婚したいの?」
「は?」
唐突な問いかけに、MEIKOが首を傾げる。