FAアニメ派生集
第一話<Tonight>
「しょ、少佐!いたいいたい!」
軍用の医療施設。そのうちの個室に入院したばかりのエドワード・エルリックは、肉厚な身体の力一杯の抱擁を受け、悲鳴を上げていた。
「ア、アームストロング少佐!兄さんは怪我したばっかりだから…」
おろおろとした弟の声が兄の隣からかかる。
「うむ?そうか、すまなかった。ついこんな小さい身体で戦う君が健気になってしまってな…」
「ちいさい言うな!!!!」
「あわわわ兄さん!傷がひらくだろ!」
「では私はこれで失礼するぞ。しっかり養生するのだぞ!」
「こるぁー!俺は豆じゃねえ~!」
「兄さん! あ、お見舞いありがとうございました少佐っ」
「兄さん、肩大丈夫?」
「こんくらいすぐ治る。入院なんて大げさなんだよ」
「でも個室なんてすごいね。高くないのかなぁ」
「知らねーよ。俺は軍に入れられただけだからな」
エドワードは弟からそっぽを向いて口をすぼめる。
そんな兄を横目に見ながら、アルフォンスはベッド脇の床頭台においてある花束を見つけた。
「兄さん、少佐が持ってきてくれた薔薇の花束、水につけたほうがいいよね。きれいだなぁ」
「ったく、どういうつもりだ。俺は女じゃねえっつーの」
「これ買ってる少佐を想像すると、なんか笑っちゃうね」
ガサガサとアルフォンスが花束を手に取る。
「あれ?何かカードが入ってる」
アルフォンスがそう言った瞬間、エドワードの髪の毛がピンと跳ねた。
「! それっ!」
「え?何?兄さん」
「貸せっ!」
ばしっとエドワードが弟の手からカードを奪い取る。
そのまま背を向けて、2つ折のカードをこっそり開いた。
「……」
「兄さん何か書いてあるの?」
「な、なんでもない!!やっぱ何も書いてなかったわ!ははははは。俺もう寝るぞ、アル!」
挙動不審にべらべらと喋って、エドワードは布団に潜り込んだ。
「変な兄さん…」
そう呟いて、アルフォンスは花瓶を借りてくるね、と病室を出て行った。
一方、医療施設の正面玄関を出たアームストロングは、ぴた、と足を止めた。
「むむ、しまった。あの花束はマスタング大佐から頼まれたと言うのを忘れておった」
そのためにここまで来たのに、エドワードの無事な顔を見てほっとして、帰ってきてしまったのだった。
「…まあ、彼ならばわざわざ言わなくとも…」
きっとわかるだろう。
心の中でそう納得して、そのまま巨漢の少佐は医療施設を後にした。
「……馬鹿大佐…」
アルフォンスが出て行った病室の中でひとり、エドワードは布団にくるまりながらつぶやいた。
―『Tonight』
今夜、
花束と共に届けられたカードには、ただそれだけ書いてあった。
薄い雲がまだらに広がる濃紺の空の間に、月がぽっかりと浮かんでいた。
そんな絵画のような窓辺に、薔薇の花が飾られていた。夜の闇を映して、紅の花弁は紫色に見える。
「鋼の」
静かな声は確かに耳に届いていた。しかし彼は横になって外を見たまま身体を動かさない。
大きな手が、後ろから額に触れる。
「エドワード…」
とく、その甘い声に心臓が動いた。
「…遅いんだよ」
出した声は、意図せず拗ねたような響きが伴った。
「すまない、先日の件の事後処理が長引いてね」
「あの薔薇はなんだよ。俺は女じゃねーぞ」
「気に入らなかったか?花は大事な人に贈るものだよ」
「……」
まったく気障なヤツ。エドワードは心の中で呟いた。
だが、背を向けていた身体をゆっくり動かす。仰向けになった。
ベット脇に座ってこちらを見下ろす男の姿が視界に入る。
もうすぐ日付けが変わる時間だと言うのに、まだ軍服のままだ。
「アルフォンスは?」
男が尋ねた。
「ヒューズ中佐が今日も泊めてくれるって。…どうせ知ってるんだろ」
エドワードの追及を笑顔で交わして、ロイ・マスタングはエドワードの肩口に手を這わせた。
刺傷のあるそこは真っ白な包帯が巻かれている。
「っ、触るなよ。まだ痛いんだぞ」
エドワードの抗議に、ロイは黙って傷があるだろう箇所を見つめる。よく見なければわからないほど微かに、眉をひそめた。
その顔を見ただけで、エドワードはこの男が何を考えているか分かる。
(ったく、あんたのせいじゃないっての。)
しょうがねぇなぁ。
「あー痛い痛い。離せよ大佐」
「鋼の…」
振り払われて困惑するその顔。
見てられない。
「痛くて眠れねーからさ、…責任とってよ」
じっと、金の瞳で、目の前の男を見つめた。
機械鎧の左手を、軍服を着たその首元に伸ばす。
「…鋼の」
その手を戸惑ったようにじっと見つめて、ロイは目を伏せた。
そして、ゆっくりと微笑う。
左手をそのまま絡めとり、その冷たい手のひらに唇を落として
「仰せのままに」
片方の口角を上げて、その脳を刺激するような甘い声で囁いた。
ほら、あんたはそんな皮肉のほうがよく似合う。
俺は自分の意思で戦ってるんだ。
あんたの背中をいつでも押せるように。
だから堂々としてろよ。
月が雲に隠れて闇が訪れる。
秘密を共有するようにそっと吐息が落ちてきた。
たまにはこんな夜も 悪くない。