ロング・アイランド・アイスティー
━━━━心の奥の何やら黒い塊が羽化しそうな、そんな予感。
相棒の漏らした何気ない一言。
何故だか少々錆びついた心に引っかかって仕方なかった。
普段、取り付く島も隙も見せない相手の零した心のかけら。
それを拾ってもいいものかどうか少々悩んだ。
元来悩んで上手く行った試しもない、己の性格を熟知している身としては。
でも。
その欠片は蒼く澄んでいるんだろうか・・・。
彼の瞳のように。
そんな好奇心とも言えないような興味が湧いた自分に酷くうろたえた。
ヒーローたるもの、常に身体を鍛えていなければ。
と言う事で、トレーニングをしていた折に投げやりな台詞が耳に入った。
「何のためにヒーローをやっているのか分からない!」
そう言ったブルーローズは難しい年頃の女子高生。
まだ、地面に足の付け方がわからない頃だ。
自分の娘もすぐあの年頃になるのかと思うと、そのままにもして置けなかった。
ネイサンに頭ごなしに言っても通じない、と言われたが危なっかしくってつい口出ししてしまう。
・・・冷たくあしらわれたが。
そんな情けない俺にまた追い打ちでも掛けに来たのか、それまで関心のないふりをしていた相棒がぽつりとこぼした。
「なんだよ、俺間違ったこと言ってるか?」
半分八つ当たりのような感じで問いかけた言葉。
「いえ、そうじゃなくて。ただ、被ってしまって…。」
その後に続く台詞は音にならなかったけど。
キャピキャピの高校生と目の前にいるクールガイの相棒との共通点なんて思い浮かばない。
過去の自分と被るとでも?
そういえば、相棒としてやっていくというには相手の事を知らな過ぎると、漸く思い至ったのだった。
戦闘中のコンビネーション云々より先に何より相手の心理、思考を理解しないと人付き合いというものは成り立っていかない。
伊達に年を重ねてる訳でもないのだから、こちらから歩み寄るのが正解なのだろう。
しかし、軽い気持ちで1歩踏み出すのは危険だと本能が告げている。
それでも。
「まっ…、しゃぁね〜か。」
逃げていても仕方ないし、考え過ぎてドつぼにはまる経験値だけはあるのでとりあえず行動に移すことにした。
それがこの場合においていいのか悪いのかはわからないが。
「で。何でおじさんがここに?」
「いやぁ、素直に飲みに誘ってもついてくるとは思わないんで。とりあえず実力行使?」
勢いを付けるために一杯ひっかけて来たはいいけど、全然酔えていない。
自慢じゃないが普段なら少しのアルコールでも気分がハイになれるほどお手軽なはず。
それなのに、妙に頭の芯は冷えていてどうにもこんな気分は味わったことがなかった。
柄にもなく緊張でもしているのかもと己を納得させて一旦思考を目の前の兎ちゃんへ向ける。
案の定、呆れたように冷たい視線に射抜かれる。
そんな反応にもいい加減なれたもんであの手この手でドアを開けさせた。
「まったく、近所迷惑も甚だしいです。今後はせめてアポ取ってくださいね。」
「はぁ〜?仕事じゃねぇ、プライベートまでなんでそんな事しなきゃなんねぇんだよ。あ!わかった、お前さんにも見られたまずいもんが・・・。」
「ある訳ないです!」
そう言いながらすばやくモニターを消す動作に苦笑を洩らした。
なんだかんだ言いながら追い返す事はしなかったし、案外効果的だったかもしれねぇな。
そうほくそ笑んだ眼の端に映ったマークにどことなく見覚えがあったが、今はとにかく目的を果たすのが先決だった。
アルコールで酔わせてその澄ました兎の皮を剥いでやる。
ちょっといかがわしい言い方だがこの際気にしない事にする。
どーせオレはおじさんだし。
「ちょっと!おじさん何やってるんですか。」
「何って・・・宴会にはつまみが必要だろ?」
言いながらバリバリとジャンクフードの袋を開ける姿にバーナビーはうんざりした顔を見せた。
「それはそうですが、あなたはいつもそんなものばかり食べてるんですか?」
ヒーローとしての自覚がなさすぎると視線だけで訴える。
「え〜だってよ。俺もお前も独り暮らしで飯なんか作んの?」
妙に綺麗そうな台所を横目に大の大人がすねる姿はバーナビーにはいっそ奇妙に映って。
部屋に通してしまった事を後悔した。
「僕はおじさんと違って、健康管理にも気を使ってるんで自炊くらいしますよ。」
それに、人の手が加わったものなんて食べたくもないし。
苦々しさを眉根を寄せる事で消化して。
「へぇぇ!なんか意外だよ、んじゃ俺もたまには腕ふるうか。」
「え?」
「キッチン借りるぜ〜?」
言うが早いかさっさと冷蔵庫を開けて中を物色している。
バーナビーの眉間のしわにこめかみの青筋がプラスされた。
「へぇ、言うだけあってそろってんな。よし、適当に作るか。」
「止めてください!勝手に触らないでもらえますか。」
バーナビーの抗議にも耳を貸さず、虎徹はどんどん食材を台の上に出して一人でブツブツ言っている。
「おじさん!!」
存外耳元で大声をだされて後ずさる。
「おまっ、そんなでっかい声出さなくったって聞こえてるよ!」
「ああ、すいませんね。おじさんだから耳が遠いかと思って。」
何時もの通りに険悪な空気が立ち込め、しばしにらみ合う。
ふと虎徹が一呼吸おくと一瞬の隙をついてバーナビーの口にフルーツトマトを頬り込んだ。
「だまってそれでも食って待ってろ。すぐできっから。」
そう言って鼻歌を歌いながら包丁を片手に何かを作り出した。
抗議するのも疲れたバーナビーは深いため息をついてキッチンを後にする。
「まったく何を考えてるんだあのおっさんは。」
苦々しく捨て台詞をはきだしつつ、リビングへもどる。
そして壁一面のモニターとテーブルにソファーしかない何時もの殺風景な部屋に妙な違和感を感じた。
いつも通りの風景なのに。
きっと、テーブルの上の散乱した食べ物の所為だと独りごちて片づけを始めた。
いろんな匂いが混ざって気持ち悪い。
ふと床に置かれた酒瓶の数を見て。
「これ一晩で飲むつもりなのか…あのおっさんは。」
テキーラにウォッカそのほかに強い酒ばかりだ。
何となくあの男の意図が読めた。
自分を酔わせて弱みでも握ろうとでもいうのだろう。
「思考回路が単純なんだよ、あのおっさんは。」
「だ〜れが単純だってぇ?複雑怪奇なおこちゃまよりはましだろうよ。」
虎徹の気配を感じなかった。
いつの間にか背後に立たれて舌打ちをする。
「誰がおこちゃまですか!」
いつもの売り言葉に買い言葉で応酬しようと振りかえると。
愛想を崩した笑顔の虎徹が立っていた。
その笑みにたじろぐ。
ドクリ。
一瞬、周りが無酸素状態になったかのように息苦しくなった。
何故?
理解不能の己の状況に混乱する。
感情の制御は得意なはずだけど、どうもこのおじさん相手だと調子が狂う。
だから嫌なんだ。
作品名:ロング・アイランド・アイスティー 作家名:藤重