ロング・アイランド・アイスティー
「ほらよ。ま、口に合うかどうかなんてわかんねぇけど飲もうぜ!」
両手で器用に何枚もの皿を持ってニカッと笑う。
それを適当に机の上に並べると次は、先ほど目にした酒を何やら混ぜ合わせてバーナビーの目の前に突きつける。
綺麗な琥珀色の液体。
「これは何です?」
「ん〜?ちょっとウォッカが多過ぎたかもしんねーけど飲みやすいと思うぜ。」
毒を食らわば皿まで。
心底すれてる訳でもないバーナビーは無言で手に取った。
ここでまた拒絶すれば面倒になると思い素直に一口飲む。
こうなったら早めに酔っ払ってもらってお帰り願うしかないと。
最悪は寝込んでも放置でそのまま床に転がしておけばいい。
幸い空調の効いてる部屋なだけに風邪をひく事もないだろう。
半信半疑に喉を潤すとやけに飲み口のいいカクテル。
しかし、先ほどウォッカといったのだからそれなりに強い酒なのだろう。
「・・・こういうのは得意なんですね、おじさんは。」
「バカにすんなよ〜俺だって若いころは色々あって覚えたんだよ。今日はたまたまブルーローズからコーラ貰ったからさ。」
あの一件以来、疎まれていたはずの少女はおじさんに少し心を開いたらしい。
チクリ、と何かが心臓を刺したような痛み。
これはなんだ。
「どうした?痛いのか?」
自分の思考に嵌っていたバーナビーは急に近づいた虎徹の瞳に射抜かれる。
「べ、別に何でもありません。」
思わず視線を逸らして否定するも、そのくらいで虎徹は引き下がらない。
「じゃぁどうしてココに手を当ててんの?」
ちょうど心臓のあたりにあるバーナビーの拳に虎徹は指先を当てた。
そのほんの少しの温もりがますます彼を苦しめる。
「もしかしてアルコールものすごく弱かったとか?」
虎徹の見当違いの呟きに毒気を抜かれた。
「そんな事はありません。それにアルコールは強いです。おじさんと一緒にしないでください。」
「なにぃ〜〜?ったく心配して損したぜ。」
憎まれ口を叩いても琥珀色の瞳には暖かさが滲んでいて直視できなかった。
やましい事がある訳でもないのに、直視できない。
「それにしても、お前さん手が冷てぇなぁ!」
言うが早いか握りこぶしのまま手を取られ、虎徹の両手に包まれていた。
指先からじんわりと伝わる熱が、バーナビーを縛る。
「どうして…っ、あなたはそうなんですか?」
きっと今酷い顔をしてるに違いないとわかっているので俯いてせめてもの抵抗を試みるが、そんな心情を察してくれないのがこの男。
手を引かれたと同時に額に堅い感触。
そして肩と背中に温もりが。
「どうしてかなぁ…俺はさ、いっつも良かれと思ってやってんだけど、裏目に出ちまって。バニーちゃんにもよく言われてるよな。」
頭に置かれた手のひらの重みが邪魔で顔を上げられない。
いつもならウザいぐらいの声のトーンが何故今は心地よいのか。
「子供扱いしないでください。」
「してないよ。」
「してます!」
「子供扱いなら、もっとうまくやってるさ。」
ほんとに子供扱いができたらどんなに楽だろう。
ただぎゅっと抱きしめて頬にキスして…と、そこまで考えてはたっと虎徹は我に返る。
俺はバニーちゃんにキスしたいと思ってるのか?
へその下あたりが一気に熱くなった。
触れている髪の柔らかさも、思ったより低い体温も。
かき回して、自分の熱で暖めてやりたいと。
首の後ろがチリリと痛む。
虎徹のワントーン落ちた声色に思わずバーナビーは頭をあげると濡れたような琥珀色の瞳にぶつかった。
普段なら体験しない距離でお互いに顔を近づけた。
これではまるで・・・。
先に身を引いたのは虎徹の方だったが、傅く身体につられる。
大量の水滴が付いたグラスを乱暴に口に運び、中身を口の中へ納めると徐に抱き込んでいたバーナビーの口へと近づけた。
「・・・・っ!!」
途端に口の中に広がる甘い香りとアルコール。
あまりの驚きに条件反射で口内に入ってきた液体を飲み込んでしまった。
「なにす、…っる」
飲み込み切れなかった液体は口の端から首筋へ辿り重力に任せてそのままバーナビーの身体をたどる。
抗議も聞き入れないまま虎徹はアルコールを口にして再び彼へ液体をそそぐ。
ひと筋ふた筋、零れるアルコールに唾液が混ざり荒い息遣いに熱がこもる。
一体この状況は何だ?
答えを見つけようと思考を巡らすも与えられる刺激に酔わされる。
「なんで…何でこんな事、するんですか?」
何度目かわからぬ行為の合間にやっと問いかけても。
「さあな、俺にもわからん。」
そう、帰ってくるだけで。
次第に冷たいはずの液体はぬるくなり、喉の奥に消える頃には体温以上に熱く。
ただ単に酸欠状態なのかアルコールに酔ったのか、身体に力が入らなくなってソファーに横たわる体勢になった。
「お前さんの納得するような理論整然とした答えは出せないけど、ただ単に酒に酔った、ぐらいでいいんじゃないか?」
普段はなさけないおじさんのイメージしかない虎徹がなんだか獰猛なその名の通りな獣に見えて数回瞬きをする。
ふいに顎先を舐められて身体に伝わる刺激は口元を緩ませる。
浅い吐息が虎徹の耳元を掠めると誘われるままに濡れた唇を塞いだ。
舌先をくすぐられるような接触から、引き抜かれるような激しさへ変わるのに時間はかからなかった。
「んっ…ふぁ」
隙間を埋めるように二人の唇が合わさる。
時折角度を変えて啄ばむ合間に漏れる吐息が甘い。
もっと抵抗されるかと思っていた。
接触されるのを嫌うようなそぶりをしていたのに。
人前ではヒーローらしく?愛想をふるまうバーナビーが俺の前では鉄面皮を崩さないのは多少なりとも意識されてる裏返しともとれる。
こうして強引に事を運べば大した抵抗もされずに近づけることの意味。
「バーナビー…」
荒い吐息のまま、耳元で名を呼べば。
びくり、といっそ見事なまでの過剰反応。
両手で耳を塞いで。
アルコールの所為ばかりとも言えない位顔を真っ赤に染めて。
「どいてください、おじさん。冗談にも程があります!」
そんな表情で脅されても逆効果にしかならない。
込み上げた衝動のまま、両手を拘束して再び耳元に唇を近づけた。
「・・・何だ、耳が弱いのか。流石バニーちゃん。」
「ひっ、なっ何言ってんですか!バニーじゃなくて…。」
「バーナビー。…だろ?知ってるよ。」
いつものからかい交じりな呟きではなく真摯な声色。
「知ってるよ、お前が寂しがり屋で意地っ張りなのも。」
抗議の台詞はすばやく塞ぐ。
何度目かもわからない位の接触の合間、金色のまつ毛から透明な粒が零れる。
その粒が鼻先を掠めて我に返る。
「悪ぃ、酒に酔ってるのは俺の方だな。」
「・・・。」
のっそりと彼の上から退いて、ソファの横に座る。
ホレ見たことか、だから迂闊に近づくなってことだよな。
くっせ毛の髪を豪快に掻きむしって自分を落ち着かせる。
作品名:ロング・アイランド・アイスティー 作家名:藤重