待降祭
何かイベントがあるからと言っては、くだらないというかどうでもいいというか、そういうことを企み始めるのは大概にしてジェームズだ。当然の話だがシリウスはそれに嬉々として乗っかるし、リーマスも何だかんだと言って、結局お祭り騒ぎが好きだ。ピーターがジェームズに逆らうはずはない。
とくれば、つまり、ジェームズが何がしかやり始めたときに止める者など、(未来はともかく)存在しないということになる。
それがジェームズの唯我独尊的性格を助長しているんだろうと分かってはいるのだが、シリウスには自分のスタンスを変える気なぞまったくない。
何故と言って、最高に心地好いものを、わざわざ変えたがる人間などいるか? いるわけがない。
ジェームズが何か思いつく。それを共有する。一緒になって笑う。それがシリウスは何より大切なのだ。
いや、だがしかし、だからと言って。
「……ジェームズ?」
「何だ、どうしたシリウス。せっかくのキレイな顔が歪んでいるぞ」
「歪まいでか。何だコレは」
「知らないのか? 世間はもうすぐクリスマスだ」
「世間もホグワーツも等しくクリスマスだ。というかお前たちと何年ここで一緒にいると思ってる」
「なら疑問はないじゃないか」
「大筋はな」
冬の休暇を間近に控えたある日のこと。どこやらへと、シリウスにも黙って出かけていたジェームズが、妙に嬉しそうな顔をしてベッドの上でひっくり返した大きな紙袋。中に入っていたのは小さめのクリスマスツリーにリース、金モールの飾りやクレシュ、可愛らしい形に型抜きされたクッキーやキャンディ。そこまでは良い。
赤く暖かそうな布地で作られた服らしきものや、白いファー、白い鬘や付け髭(だろう、たぶん)も別に良い。何も不思議はない。実にクリスマスに相応しい。ジェームズは持ってきたものにしては、至極まともだ。
問題は。
「……サンタ用らしき衣装が2着あるまではいい。だけどなジェームズ。どうしてこっちは ス カ ー ト なんだ……?」
手で掴んで引っ張れば、ぴらりん、とばかりに目の前に広がる目が痛くなるような赤い服。襟元や袖、裾についたファーはいかにもサンタクロースの衣装です、と自己主張しているが、いかんせん、それはどう見ても上着ではなく、ワンピース。
しかもミニ。たぶん膝上15cm。
そこまで判断した瞬間、シリウスはそれを思いっきりジェームズに投げつけていた。
「断っ固拒否するっっっっっ!!!!!」
「何だシリウス、お前、自分がコレ着せられると思ったのか?」
「思うも何もそのつもりだろうお前っ!?」
「はっはっは。その通り! 良く分かったな。愛の力か」
「死ね!!!」
頭に真っ赤なミニスカートをひっかけて快活に笑うジェームズの腹に一発入れてやろうと拳を握るが、それを繰り出すよりも早く、ぐいと手を引かれた。
思わず体勢を崩したシリウスを受け止め、怒りに紅潮したその顔を下から楽しそうに眺めながら、ジェームズはくくっと笑った。
「似合うと思うんだけどなぁ?」
「アホかお前は。こんなものはエバンズにでも着せておけばいいだろう」
「あいつが着ても確かに十分楽しいだろうけどな。俺はお前のほうが面白いと思う」
「何だって俺がそんなことのために屈辱を受けなきゃならないんだ」
「シリウス。決まってるだろ?」
乱暴に首に回された腕が、頭を引き寄せる。まるで悪巧みをするときのように額をつき合わせながら、榛の瞳を輝かせる。
そしてシリウスは思い出す。
自分がジェームズのこの瞳に、とことんまで弱いことを。
忌々しさに軽く舌打ちしたシリウスになどおかまいなし、ジェームズは自分のやりたいようにしか、やらない。
「こーゆー呪文があれば便利なんだけどな~。今度研究してみるか。武装解除あたりをアレンジすれば何とか……」
またくだらない思いつきをつぶやきながら、慣れた指が、ゆるく結ばれたタイをほどき、シャツを引き剥がす。
「……って、おまっ」
「ハイ、バンザイ」
抗議しようとした矢先の当然のような命令に反射的に従った途端、ぱさりと軽い音がして、にやにや笑うジェームズの顔の代わりに赤い色が視界を覆った。柔らかい生地は素肌にも気持ちいいが、どうにもきつくて息が詰まる。
じたばたともがいてようやく顔と手を出せば、一段と笑顔を輝かせたジェームズが目の前にいた。
「お。やっぱ似合うな。さすが俺」
「さすがじゃねーっ!」
まんまと赤いワンピースを着せられたことにシリウスは劣らず顔を赤く染めるが、幸か不幸かまだズボンをはいている、つまりスカートの下から足をさらしているわけではないことに思い至って、取り返しがつかないことになる前に魔の手から逃れようと身体を離す。何とか身体は収まっているものの、本来女性用であるはずのワンピースはさすがにサイズが合わず、苦しい。
それでジェームズも気づいたのか、ふむ、という顔をした。逃げようとするシリウスの腕をさりげなくつかみながら、上から下までじっくりと観察して、ひとつ大きくうなずく。
そして、おもむろに押し倒した。
「うわっ」
「やっぱお前もスカートの下にズボンってのは邪道だと思うよな? ミニスカートの魅力ってのは、その下からひらひらと見えるフトモモにあると俺は思うわけだが」
「それには全面的に賛成するがだからって俺を脱がそうとするな!」
「だって無粋だろう」
「俺の足見てどうしようってんだお前は!?」
「……とりあえず萌える?」
「洗面器で溺れ死ねっ!!!」
「まま、とにかく」
ひとつのベッドの上で重なりあうふたつの影。片方は真っ赤なワンピースを着てその下のズボンを脱がされまいと必死で抵抗し、もう片方はそのズボンを奪い取ろうと短いスカートをたくし上げる。
うっかり誰かが見ようものなら「……スミマセンデシタ」と言ってひっそり去ってしまいそうな光景だが、莫迦ばかしいことに、この二人は互いにまったく真剣だった。
しばし無言でズボンを巡って攻防を繰り広げ、そのうち相手を直接排除したほうが早いということに思い至ったのか、手を組み合うようにして力比べを始める。
「ぐぐ……そろそろ諦めろ、シリウス」
「だれが……お前こそ……ええい」
だが、シリウスは忘れていた。
相手はジェームズ、座右の銘は唯我独尊。
しかもシリウスは、そのジェームズにめっぽう弱い。
というかジェームズが強い。
「……ふふん」
にやりと笑ったジェームズが、いきなり腕に込めていた力を横にずらした。上に向かって全力で抵抗していたシリウスは抗いきれず、大きく広げる形になった腕の間に、ジェームズが覆いかぶさる。
首筋に生ぬるい感触と、痛み。
「なっ」
思わず相手の手を放し、のしかかる身体を押し返そうと肩に手をかけた。
けれどそれは、当然のごとく、ジェームズの狙いどおり。
「獲ったあぁぁぁ――っっっ☆」
「ああああああああああ――っっっっ!!?」