待降祭
半身を起こしたジェームズの手に、勝者の栄冠のように高々と掲げられるシリウスのズボン。
いやに涼しくなった下半身に、シリウスは咄嗟に前を押さえて蒼白になった。
ない。
一緒に獲られた。絶対。というかありえない。
「ジェームズ貴様――っっ!!!!!」
「うお?」
「返せこの野郎!」
まるで人狼のような素早さで飛び掛ったシリウスをかわし、ジェームズはずれた眼鏡の奥で目をしばたかせた。
なおも襲いかかるミニスカート姿の同級生をあしらいながら、手にした戦利品をまじまじと眺める。そして3秒後には、心から楽しそうに口笛を吹いた。
「うっわー、やだシリウスったらだいたーん」
「シめる!!!」
「ってことはお前、まさか今、ナマ?」
「貴様のせいだろうがっ!?」
「うんそーだけど」
けろりと言って、ひょいとジェームズはシリウスのズボンを放り投げた。その中には、一緒にむしり取られた下着も入っている。
軽やかに弧を描いたズボンはベッドの天蓋に引っかかり、ひらひらと揺れた。
そして怒りに荒い息をつくシリウスの肩を親しげに叩き、ジェームズは満面に笑みを浮かべた。
「シリウス。僕は別に君にあれを返してあげてもいいんだ」
「なら返せ今返せすぐ返せ」
「でもそのためには、君は僕のお願いを聞いてくれなくてはね」
「やっぱり死なす」
「でね、やってもらいたいことがあるんだけど」
ズボンを引っ掛けたベッドを背後にじりじりと距離を詰めるジェームズ。本能的に逃げたいと思っても、ズボンを奪還するためにはそこから動けないシリウス。この時点で、すでに勝負は見えている。
大体、するりと回された腕から、シリウスが逃げられたことなど一度もない。
悪巧みをするときと似た、けれど少しだけ違う笑顔で、ジェームズは顔を近づける。何より厄介なことに、シリウスは、その顔が嫌いではない……むしろ何よりも好きなのだ。
少しばかり背徳の匂いのする秘密を共有するときの、この笑顔。
「跪いて、『ご主人様v』って言ってみて」
「埋まれ」
がいん、とジェームズの頭が鳴った。
「大体なんだソレはこの衣装に何の関連性もないだろうが」
「何を言うんだシリウス! ミニスカートの相手に言われることに意味があるんだ!」
「わけがわからん!!」
「いいか!? ミニスカートの相手が膝をつけばよりフトモモがあらわになってぐっと色っぽくなる上、上目遣いだぞ上目遣い! ここまで萌えポイントを押さえたシチュエーションがどこにあるっっ!!!」
「それを俺がやる理由がどこにある!!?」
「見たいからに決まってるだろう!!」
「アホだお前はっ!!!」
「何が悪い!」
意味もなく胸を張るジェームズに、シリウスはがくりとうなだれる。何かもう何を言っても無駄な気がした。
とにかくこの格好をどうにかしよう。よく考えれば、別に獲られたズボンに執着しなくても、他に着替えがあるはずだ。
「ちなみにシリウス。お前の服は全部サンタさんの大きなプレゼント袋の中だから」
「いつの間に!?」
「うん。今日の朝」
勇ましく肩の広さに足を開いたまま、大きくため息をつく。短いスカートから伸びる、奇麗に筋肉のついた足が妙に艶めかしいが、本人にはまったく自覚はない。
ごそごそとベッドの上からもう一方のサンタクロースの衣装をあさり、ジェームズは適当に羽織った。ベッドに腰掛け、ぱたぱたと手で呼べば、疲れたような顔をしたシリウスは素直に歩み寄る。
「……ジェームズ。一体何がしたいんだ、お前」
「うん? 可愛いシリウスが見たかっただけだけど」
「…………で。満足したか?」
「まあ、大体?」
「しろ」
「じゃあ、シリウス、座れ」
「………………」
「座れってば」
ジェームズ・唯我独尊・ポッター。
言われるがままに彼のすぐ横、ベッドに顔を伏せるようにして、シリウスは座った。にゅっと伸びてきた手が、幾分乱れた黒髪を丁寧に梳く。
「毛づくろい」
ベッドに乗せた両腕に頭を預けたまま、顔だけを向ければ、きゅっと猫のように細まった目が、シリウスを見下ろしていた。その視線は、不埒にフトモモに行っているということもなく、ただ友人の顔に向けられている。
もう一度ため息をついて、ジェームズの膝に乗り上げながら、シリウスは目を閉じた。
「気が済んだか?」
「済んだ」
「そうか」
なるほど、よく分かった。とシリウスは思う。
要するに、ジェームズはクリスマスグッズを買いに行って、偶然このサンタクロースの(かどうかは疑わしい)衣装を見つけたのだろう。それで、友人と遊びたくなったのだ。
いつでも思いつきで行動する彼らしい。そして、その思いつきの中でも特に意味のないことにも、こうして自分は付き合わされているわけだ。
なら、まぁいいか。などと思ってしまう自分がどこかにいることが、つまりは今回の……毎回の、敗因なのだろう。
「で、ジェームズ。そもそも何でこんなもの。ツリーにしたって、その頃俺たちはここにいないだろ」
「だからだ、シリウス」
らしくなく、真面目な声に、目を開けて視線を上げる。
眼鏡越しに、楽しげに輝く榛の瞳と目が合った。
「俺たちは、これだけ一緒にいるのに、クリスマスを一緒に過ごしたことはない。それはつまらないだろう。だったら、気分だけでも味わってみたっていいじゃないか?」
一緒に、ツリーを飾る。アドヴェントにはカレンダーを作って、毎日予定をこなしていこう。クレシュの人形の最後のひとつは、イブになるまで大事にしまっておいて、その日のためにクッキーやキャンディを準備しなければ。
お互いへのプレゼントは、何より真っ先に、慎重に、そしてこっそり用意するんだろう?
真っ赤な衣装に白い髭をつけて、サンタクロースに化けようじゃないか。
「まぁ。な」
そう、出来たらきっと楽しいだろう。思ってシリウスも静かに笑った。リーマスもピーターもいて、そうだ、セブルスをからかって、ジェームズはリリー・エバンズにちょっかいを出す。
いつもの通り、いつものように、クリスマスも迎えられたのなら。
「いつか、みんなでやるぞ」
「ああ」
共犯者の顔で、シリウスとジェームズが笑い合った、ちょうどそのとき。
「……あ」
しまった、という副音声が聞こえてきそうな声がして、二人は同時に振り返った。
半分ほど開いた扉からのぞく、見慣れた顔。悪戯仲間の一人、リーマス・ルーピンの優しげな顔が、「あーあ」とでも言いたげに左右に振られた。
「スミマセンデシタ。どうぞごゆっくり」
そのままぱたん、と扉が閉まって、足音が遠ざかる。
ゆっくりとジェームズと顔を見合わせて、それからシリウスは青くなった。