二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」
物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

番躯 天球05

INDEX|2ページ/2ページ|

前のページ
 







 それが、どうしてなのか、などと言うことは……正直ブロッケンJr.自身にも、分かっていた、というわけではない。

 ただ、そう感じたのだ。

 こここそが、相応しい、と。














 番い/a

--------------------------------------------------------------------------------


















 訓練の日々にも、少年はだいぶ馴染んだようであった。

 見た目だけならば、それこそ線のほそい、頼りなげにすら見える子どもだと言うのに、驚くほどに、厳しい鍛錬にも喰らいついてくる。

 天性のものもあるのだろう、基本的な技や体捌きを教えれば瞬く間に吸収し、貪欲なまでに次を、高みを、求める。

 それは、弟子として、この上なく好ましい資質であろうと思えた。


 ブロッケン一族が昔から修練を積んできた場所で、ひととおり、闘う者としての動きに慣れさせたブロッケンJr.は、そろそろ別のことも教えなければならないと、ふと感じたのだ。


 それは、痛み。そして、「負傷する」ということ。


 両者は、同じようでいてもけしてそうではなく、そして共に、格闘の世界に身を置くものにとっては、避けては通れないものであった。

 彼は、思い出す。

 かつて、幼かった日々に、自らが味わったそれらを。

 ものごころついたころには、それらはすでに、彼の日常であって、深く、彼自身の中に刻み込まれていったものだ。


 だからこそ……あの戦いの日々の中、この身体で、恐れもなく突き進んで行くことができたのだと、今では、理解している。

 そして、だからこそ。

 今、あの幼い身体に、教え込まねばならないことなのだ。





「……ありがとうございます」


 ふと、取りとめもない思考を遮った高い声に、ブロッケンJr.は目瞬く。

 自らが流した、彼が流させた血で白い肌を飾った少年が、いつも通りの眼差しで、そして、口唇の端をわずかに吊り上げさせて、こちらを見上げていた。


 ……笑っている。


 惰性のようにそれにうなずいて、彼は今までその身を沈めていた陰の中から姿をあらわし、重厚な布張りのソファに腰を下ろした。

 無意識のように、傍らにあるサイドテーブル上のシガー・ケースに手が伸びかけるが、視界に捉えたままの幼い姿に、自制する。

 少年は、ようやく、血溜まりの中から足を踏み出したところであった。

 白い素足にまとわりつく半乾きの赤黒い血液が、点々と、床に足跡を描いていく。

 いったん続きの間へと消え、そしてほどなく戻ってきた少年が、真っ直ぐに彼のもとまで歩いてきて、その傍らに置かれたサーベルを手に取った。

 人の血脂に汚れたそれは、ひどく生々しく、不吉なものにすら見えたが、少年の手によって水で拭われたその刀身は、窓から惜しげもなく入る午後の光に照らされ、ただただ静謐に、輝いている。


 それが、まるで。


 どれだけ傷を受けようとも、平然とそれを受け入れ、何もの言わぬままに、その痕跡すら消してしまう、少年にも似ていると、感じられて。

 目を細めて、彼はその輝きに、見入った。

 血に汚れたままの腕で、少年が、拭い終わったサーベルを差し出す。

 鋼の色を取り戻したそれを、彼はゆっくりと鞘に収めた。

 ただ、光を弾いて輝くばかりの剣と、まったく飾り気のない、実用一辺倒な―――武骨なばかりの、鞘。


 ……それは。それは、まるで。


 今はもう、こちらに背を向けて床を清めている少年の姿を凝視し、彼は浅く息を吐いた。

 笑いの衝動が、こみ上げる。


 応接間としてつくられ、ととのえられた部屋は当然、採光にも細心の注意を払っていて。

 陰となるのは、カーテンによって遮られた、わずかな空間。

 注がれる光の中心に立たせたのは、弟子である少年。

 陰から差し出され、光の中に少年を斬り裂く、鋼の刃。

 幼い肌のしろさと、流された血のあか。


 笑う、少年。


 もし、この場にいたのが、彼ひとりであったのなら。
 少年を斬ったこの手で顔を覆って、こころゆくまでわらうことも、出来ただろうか。


 一心に床を磨く少年の背に向けて、口唇だけでつぶやく。



 そうか。



 そうなのか、と。いつか、了解された事柄が、すとんと胸に落ちる。


 ああ、そうなのだ。


 そう、望みは、たったひとつ。
 彼も、少年も、ただひとつのことを、望み、そして、選んだ。

 結果、何が曝されようとも、何を塗りこめようとも。


 もどれない。

 もとより、もどるつもりもない。


 ならば、この身は、鞘にも、天球にもなろう。


 まもるのか、朽ちるのか。それすら、愉しみとして見据えよう。




 立ち上がった少年が、奇妙なまでの穏やかさを湛えた室内を一瞥し、彼を見つめる。

 白い肌には、黒く固まる血の跡を飾ったままに、口唇には笑みの残滓を貼り付けて。




 ああ。それでは。



 この少年に抱く、感情に名前をつけろと言われれば、それは。

 「愛しい」、という名にもなるのだと。


 薄く、薄く。



 彼は哂った。
















幼い肌が、傷に塗り込められるたびに、愛しさが募り。

その跡が消えるたびに、よろこびを抱いた。

笑う少年を見つめ、ひそやかにわらって。


つよく。


ひとつがいののぞみを、こめる。






作品名:番躯 天球05 作家名:物体もじ。