安定 天球07
それでも、少年は、何を言うでも、なく。
ただ、飢えた瞳を男の前に、晒すのだ。
明るい、外との境。
黒い森の内に、立ち尽くして。
「Lehrer」
ぽつり、と漏らす少年の目に、言いつけに背いた後ろめたさも、逆の、反抗的な意志も、見えず。
「……先に行っていろと、言ったはずだな、ジェイド」
まるで無害な小動物のような顔をして、首をかしげた翠の瞳の少年は、ゆっくりと自分に近づく男を見て、ふと。
にこりと、口唇を、吊り上げた。
「Lehrer」
それだけを呟いて、くるりと背を向ける。
とん、と、ちいさな足が、黒い土を踏み、ほそい身体が、石畳の上に、影を落とす。
軽く、少年は走り出した。
まるで、男を、忘れ果てたように、置き去りにするように。
森の外へ、いつもと同じ、日課をこなすために。