世界の理
回線をオープン、コネクト。情報を送信する。
整理ナンバー、××××。類型、対話記録。対話対象者、古泉一樹。
涼宮ハルヒにより限定空間における特異能力及び情報感知能力を与えられた有機生命体の1人であり、その中で最も涼宮ハルヒに近しい立ち位置を確保している個体。
古泉一樹とその所属する集団は、涼宮ハルヒを「神」と見なしている。
神、及び信仰という概念は、情報体にとって理解は困難であると思われる。最も近い意味の言葉は、おそらく「絶対者」。すなわち全肯定すべき相手。
ただし、有機生命体の精神活動は非論理性に満ちているため、実際には解釈はこの限りではないと思われる。
以下、その一例としての対話を添付する。
*
「確認したいことがある」そう言うと、対象は平常通りに笑顔を作成し、こちらに向き直った。
「何でしょう?」
「あなたの立ち位置について」
「どういうことでしょうか」対象は、軽く首をかしげた。
「あなた、及びあなたの所属する集団は、涼宮ハルヒを「神」と認識している」
「はい」対象は、しかつめらしく頷いた。
「あなたたちの目下の目的は、涼宮ハルヒの精神の安定を図ること」
「そうですね」
「その為に、あなたじゃ涼宮ハルヒへの恋愛感情を抱くよう、彼に促していた」
「ご存知でしたか。それが最も手っ取り早いように思えたものですから」言いながら、対象は手を広げるという仕草でこちらに共感を求めた。
「ならば、何故、あなたは彼を惑わせようとしている?」
「……」対象の動きが止まった。顔面からのわずかな血液の降下、脈拍の速度上昇を確認。5セコンド経過後、対象は再び口を開いた。その間、表情筋には大きな変動は認められていない。
「それこそ、あなたがご存知だとは。恐れ入りましたね。一応、当の御本人以外には決して知れないように振舞っていたつもりなのですが。しかし、あなたは勘違いをしていらっしゃいますよ。
確かに僕は、彼を惑わせるようなことを……いえ、あなた相手に曖昧な物言いはやめましょうか。僕は、彼に、そう、好意を告げました。けれど、それは、違います。
僕は、彼が今よりももっと涼宮さんに好意を抱くようにするための対抗馬として、そうです、彼に、女性との恋愛が良いと思わせるために、わざと」
「それは、嘘」淀みなく話していた対象が、再び動きを止めた。鼓動が激しくなる。汗腺も開き始めた。しかし、依然として表情筋は動かない。
「そう解釈するには、不自然な点が多すぎる。まず、彼を涼宮ハルヒに傾倒させるなら、彼でなく涼宮ハルヒに近づくほうが、自然。また、あなたは彼に拒まれることを望んでいない。その感情は、目的にそぐわない」
「……どうして」対象の声は、それまでと比較して、かなり小さかった。
「各種身体データから、明白」
「そう、ですか……そうでしたね。あなたには隠しごとは無理なんでした」
「理由を」重ねて問うと、この対話で初めて、対象の表情が動いた。ただ、その動きを説明するにはデータ不足。どちらも、「笑顔」としか形容出来ない。
「理由。理由ですか? さすがにそこまではあなたでもわかりませんか。いえ、むしろ、あなただから、でしょうか」
「―――」
「好きなんです」ささやくような声量で、対象は言った。
「彼が、好きなんです。それが理由ですよ。そう。先ほどの弁解なんて、全部、嘘です。僕は彼が好きで、だから言ってしまって、それで、彼が僕を好きになってくれたら、と夢想している」
「それでは、あなたがたの目的は、果たせない」
「そうですね」
「何故」
「同じですよ。彼が好きだから。そのことで「機関」がどうなろうと、涼宮さん―――「神」が怒ろうと。僕がこの世界から消え失せることになろうと、どうでもいい。そんなものすべて、どうでもよくなるくらいに、彼が好きなんですよ」
「あなたがたの「神」が、許さないとしても?」
「そんなもの。彼の前には、「神」など関係ない」
「それが、あなたの答え」
「そうです。これだけが僕の真実です。それをあなたがどう使うのだとしても、変えることなど出来ません」
「―――そう」
最後に、対象はこう呟いた。
「いかなる法を犯すことになろうと、僕は、かまわないんです」
*
対象は、「神」を否定する言動さえした。この感情が、涼宮ハルヒにいかなる影響を与えるかは、未だ不明。引き続き観測を行う。
以上、送信終了、シャットアウト。回線をクローズ。
報告者、長門有希。
002/数列の女教皇 the high preastess
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