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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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世界の理

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 左の手には世界の理、右には果て無き探究心という名の欲望。

 最初にあったのは多分、それだけだ。そして、それさえあればすべてが始められてしまうのがこの世界の決まりごとらしい。その途上でいったい何を捨て、何を得てきたのか、なんてことは、俺は知らない。


 解るのは、こいつが確かに、ここに辿りついちまったって、ただそれだけのことだ。



「どうですか? 一戦」



 左手の安っぽいボードと小器用に右の指に挟んだ駒を示して、年中無休のイケメン面(今思ったが、これは頭痛が痛くなるほど頭の悪い表現ではなかろうか。今後は使用を控えよう)が二十四時間営業のスマイルを浮かべている。

 古泉一樹。時期はずれの、(涼宮ハルヒ曰く)謎の転校生。理数科9組のニヤケハンサム。SOS団副団長。赤玉。パートタイム超能力者。こいつを形容する肩書きは公的なものから病的なものまで多々あれど、どれもこれも今現在の俺の心象を正しく表現してはくれない。

 つまりは、前人未到の本末転倒野郎。それがこいつだ。



「いいだろう。ハンデは?」

「そうですねえ……」



 ひらひら振っていたチェスピース―――ナイトとルークだ――を顎の下に当てて、それから古泉はこう言った。



「飛車角落としでどうでしょう?」

「……そりゃ、将棋だ」

「まあ、言わんとするところは通じるわけですし」

「どうでもいいが。さっさと並べろ」

「了解しました」



 ルークとビショップが抜かれた駒が、俺の陣地に整然と並べられる。対して、全ての手駒が勢揃いした敵陣を眺めても一向に危機感が沸いてこないのは、敵将の弱さを嫌というほど知っているせいだろう。

 俺より頭が悪いはずもないのに、こいつはボードゲームの類が致命的に、下手だ。悩みに悩んだ挙げ句、何故か最初の一手でビショップをほんのわずかに動かした古泉には、戦略性というものが欠けている。意識的にか無意識なのかは知らないが。

 下手をすると3手で決着がついてしまうんじゃなかろうかと慄きながら、俺はポーンを一歩進める。けれど、今度はそれを読んだように、古泉のキングが斜めにマスを踏んだ。

 逃がしたのか、攻め入らせるのか、それは、読めない。


 結局のところ、3手ではさすがに勝負はつかず、お互い、それなりに黙々と駒を進めることになった。ルークとビショップという中核を欠きながら我が軍は奮戦著しく―――逆から言えば、敵軍の情けなさが浮き彫りになるわけだが―――討ち取った敵兵はすでに両手の数に余るほどになった。その分、当然の帰結として薄くなる敵陣を、歩兵たちが果敢に切り込んでいく。

 そろそろ打つ手に限りが出てきたのだろう古泉は。しばし盤面を睨みつけ、眉を寄せて何やら考え込んでいたが、ふと何かに気づいたように嬉しげに笑い、自分の歩兵で俺のポーンを迎え討たせた。いつもと変わらない、毒に薬にもならない一手。

 敵将が前線の小兵にかまけている間に、盤の隅を地道に這い進んでいた雑兵がひとつ、化ける。愚直なまでに前に進むしかない歩兵から、縦横無尽に戦場を荒らしまわる、女王へと。


 自陣深くへ物騒すぎる牙を潜り込ませる羽目になった古泉は、しかしそこでため息をつくでも肩をすくめるでもなく、ひょい、と顔を上げた。


 何だ、やけに楽しそうじゃないか? ついに本格的に被虐嗜好に目覚めでもしたのか、この変態め。

 何となくその目を見返していると、奴は見もせずに駒をひとつ、無造作に動かし、こう言った。



「王手(チェック)、ですね」



 言われて、俺は目を細くする。



「俺が、な」



 指差すように押さえられたのは、古泉のキング。その斜め後ろには、先ほど化けたばかりの俺のポーンが控えている。

 どこからどう見ても詰み(チェックメイト)だ。ここからなら、それこそ古泉でもない限り、負けることなど有り得ない。


 どうでも良いが、まるで生け贄のように自らキングを差し出すなど、こいつは一体どういうつもりなんだ。



「……で?」

「で、とは?」

「何でわざわざ自爆した」

「いえ、ね。何と申しますか……似ていたものですから」

「何がだ」

「あなたに、コレが」



 コレ、という言葉と共に、摘み上げられる小さな歩兵(クイーン)。



「やられるしかないな、と思いましてね」



 呆れるくらいに完璧に笑って、古泉はそっとその駒に口唇を寄せた。

 触れるか触れないか、そんなところで止められたポーンの代わりに、口唇が音もなく言葉をつくる。



 ―――好きな貴方になら。



 しっかりと目を合わせたまま寝言をほざいた古泉の指が、駒を盤上に戻した。ひらりと手のひらを上に向け、どうぞ、と促される。


 ああまったく、どういう魔法が超能力だ。ただ一手で勝負がつくというのに、その一手を、俺はどうしても指したくなくなってしまっている。

 むしろ最後の一手から、全速力で駒を逃がしたいくらいだ。出来れば一番遠く、対角線の彼方まで。出来ないが。


 というよりも、つまり、「その」駒に触りたくない。正直。



「……古泉」

「はい?」

「死ね」



 ひどいですよ、などと言って苦笑するこいつは、一体ここからどこへ行っちまうつもりなのか。


 ついでに言えば。





 どこからが、狙いだったんだ?












001/対角線の魔術師 the magician
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作品名:世界の理 作家名:物体もじ。