夜の足音
「修兵」
「弓親」
暗い部屋で呼び合う名は、睦言にしか聞こえない。
たぶん、睦言なんだろう。
僕は一角の隣の部屋で、そんなこともできる。
裏切り? いいや、一角は何にも思わない。だけど、だから僕は彼との関係をやめなければと思う。
だって、一角が遠い。
どうしようもなく。
あんなに近くにいるのに。
あんなに近くにいたのに。
「……」
「どうした?」
「……かい」
「弓親?」
「温かい」
背を撫でる手が止まった。
僕は目を強く閉じて、体に触れる修兵だけを感じようとしていた。
気づき始めていた。
一角が遠い理由。
一角が僕のことをなんとも思っていないから、じゃない。
僕に触れていないから。
修兵みたいに、すぐ側にいないから。
それだけの理由で、一角が遠くなった。
修兵が近くなった。
「弓親、好きだ」
耳元で聞こえた声に、僕は黙ってうなずいた。
僕にとって心地よい言葉になってしまっている。
だから、修兵の側にいるんじゃない。
同じ気持ちだから、側にいるんだ。
気づいてしまった感情を、どうしても言えなかった。
会いたくないっていう言葉と同じように。