自由電使
造り物(レプリカ)でいいなら、羽根をあげよう。
箱庭(ゆうげん)でいいなら、空もあげよう。
だから、とんでみせて。
この目の前で、後ろで、動かない翼を背負って。
思うさま、羽ばたいてみせてよ。
自由電使
モニターではキャッチできない衝撃が、不可視の刃の形をとって、頬を、腕をかすめた。
「―――、」
鮮烈な青の幻影(かげ)が、浮遊するノイズ―――データの残骸を斬り飛ばすように、はしる。
次々と迫る攻撃の間隙を縫うように、常人なら目に留めることも出来ない速度で疾駆しながら、ロックマンは、何かを機械にはめ込む軽い音を聞いた、と思った。
瞬間、けしてその音ほどに軽くはないデータが自分の身に転送されてくる、圧迫感。掲げた右腕に顕現する刃、受け止め損ねたわずかなデータが、そこから光という形でこぼれ落ちるのを浴びながら、彼は高らかに宣言する。
「ロングソード!」
その絶対的な声に圧されたように、三度笠をかぶり、ずんぐりした体をマントに覆った影が、半歩後ずさる。ふわりと揺れるその中に、鋭利な光が見えたけれど。
この距離、この呼吸(タイミング)で逃がすはずもない。
「やっ!」
一閃。
幼さの残る声が消えるよりも先に腕の刃は目前の敵を両断し、分解されたデータと共に、役目を終えた剣もまた、掻き消える。
「―――ふうっ」
すっと、元に戻った右腕を確かめるように一度振り、ロックマンはちいさく息を漏らした。
他に何ものもいなくなった空間に端然と立つ姿は、たった今、ただの一刀で凶悪なウイルスを葬ったにしては、意外なほどに細く、幼い。
電子の海をそのまま映しとったような、大きな緑の瞳。十をいくつも過ぎていないだろう小柄な身体を描く線は未だ硬さを持たず、少年とも少女ともつかない。ただ、浮かべる表情は時おりやんちゃさを覗かせ、その性別を疑うことを良しとしない。
全身を包む、目にも鮮やかな青の装備(アタッチメント)―――
年端もいかない少年の姿をした彼は、人間ではない。
ネットナビ。ほぼ限界まで小型化が為された携帯端末、すなわちPET(パーソナルターミナル)を運用するための擬似人格を与えられたシステム。
固体名称はロックマン。主たるオペレーターは光熱斗、ちょうどロックマンの外見設定と同じ年頃の、少年。
『やったな、ロック』
「うん。これでこのエリアは大体、大丈夫なはずだけど」
『けっこう立て続けだったけど、疲れてないか?』
「平気だよ。ダメージは受けてないし。ナイスオペレーティング、熱斗くん」
『へへへ。ロックもな。んじゃ、帰るか』
「OK。プラグアウトよろしくね」
宙に開いていた会話用の窓が消え、今度こそ誰もいなくなった空間を、一度ぐるりと見回す。がらんとした場所。天地を構成しているパネルも、側面を走るグリッドも、遠くなるほどに小さく細かくなり、けれどぼやけていくことは、ない。
認識出来る(1、すなわちyes)か、出来ない(0、すなわちno)か。それ以外ない電脳空間(インターネット)には、ぼやけるという概念はないからだ。
基盤そのもののような緑の瞳を細め、その空間を眺めて、そこから目を背けるようにロックマンは上を見上げた。
(ここが、僕が居る場所)
かすかに浮かぶノイズがまるでちぎれ雲のように流れる。何かに曳かれる感覚に目を閉じ、データに変換されるのに身を任せながら、ちいさく、つぶやいた。
「大丈夫。僕はわかってる」