ever bloom
ever bloom
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「季節も終わりか」
言う間にも、枝が揺れた拍子にか、ひらひらと花弁がこぼれ落ちた。
「何とか間に合ったな!」
反射的にそれを捕まえようと指を伸ばし、けれどもはらはらと逃げられた残念そうな顔が、3歩ばかり先で振りむいて、それから笑った。
誰もいない堤防沿いはひどく静かで、ひっきりなしに視界のどこかで落ちていく白い花びらがなければ、まるで時間が止まってしまったようにも感じられたろう。
折りも折り、雲間を抜けて届く月の光を吸って、満開の桜は冴え冴えと、白い。
(墨染め―――)
心に浮かぶ言葉に見ないふりを押し通し、炎山は呆けたように桜を見上げる連れの隣に並んだ。
魂を掛けた桂の枝のように、輝く花々は確かに美しい。
香りも色も淡く、控えめなばかりの小さな花のくせに心を捕らえて放さないのは、どうして。
「春になるとさ」
ぽつりと、声が聞こえた。魅入られたように、互い、桜を見たままで、まるで。
「花見をしなきゃって気分になるよな」
「お陰で大概、花を見ているんだか人を見ているんだか分からんがな」
お互いに、相手ではなく、桜に話しかけてでも、いるかのようだった。
かすかに温く、土の匂いのする風が吹くたびに、花弁が落ちる。
いつまでもいつまでも、尽きることがないと錯覚できるほどに、何枚も、何枚も。
夜闇の中を、桜がよぎる。
「けど、見てるとさ……寂しくなるよな。そっか、もうすぐ散っちゃうんだな、とか思って」
それまでは、早く咲け、まだか、とばかり思っているのに。
梅は咲いたか、桜はまだか。
春を望み、春を惜しみ、人の心は勝手なもの。
それでも花は律儀に、年ごとに咲く。
「そうだな」
この花(さくら)ばかりが心に残るのは、おそら くすぐに散ってしまううから。人のことなど知らぬとばかり、ただ季節だけに従順だから。
そしてきっと―――再び咲くから。
桜、は。
そうやって、人の心に残る。
「なあ、炎山」
声が、不意にこちらを向いた。右の手に、温かさ。
ほんの一歩も離れていない場所で、熱斗がいつも通りの笑顔を見せる。
白く浮き上がる桜の中、その顔だけが色づいて見えて、炎山は思わず、触れた手を強く握り返した。
「何だ」
「来年もまた、花見に来ようぜ」
笑顔の向こうで、またひとひら、花弁が散った。
「ああ」
笑い返して、炎山は花枝に手を伸ばす。
大丈夫。花はまた咲く。どれほど散ろうと、いかに短かろうと。
そして、人の心を、捕らえ続ける。
そっと揺らした枝から、白い桜が、夜に落ちた。
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「季節も終わりか」
言う間にも、枝が揺れた拍子にか、ひらひらと花弁がこぼれ落ちた。
「何とか間に合ったな!」
反射的にそれを捕まえようと指を伸ばし、けれどもはらはらと逃げられた残念そうな顔が、3歩ばかり先で振りむいて、それから笑った。
誰もいない堤防沿いはひどく静かで、ひっきりなしに視界のどこかで落ちていく白い花びらがなければ、まるで時間が止まってしまったようにも感じられたろう。
折りも折り、雲間を抜けて届く月の光を吸って、満開の桜は冴え冴えと、白い。
(墨染め―――)
心に浮かぶ言葉に見ないふりを押し通し、炎山は呆けたように桜を見上げる連れの隣に並んだ。
魂を掛けた桂の枝のように、輝く花々は確かに美しい。
香りも色も淡く、控えめなばかりの小さな花のくせに心を捕らえて放さないのは、どうして。
「春になるとさ」
ぽつりと、声が聞こえた。魅入られたように、互い、桜を見たままで、まるで。
「花見をしなきゃって気分になるよな」
「お陰で大概、花を見ているんだか人を見ているんだか分からんがな」
お互いに、相手ではなく、桜に話しかけてでも、いるかのようだった。
かすかに温く、土の匂いのする風が吹くたびに、花弁が落ちる。
いつまでもいつまでも、尽きることがないと錯覚できるほどに、何枚も、何枚も。
夜闇の中を、桜がよぎる。
「けど、見てるとさ……寂しくなるよな。そっか、もうすぐ散っちゃうんだな、とか思って」
それまでは、早く咲け、まだか、とばかり思っているのに。
梅は咲いたか、桜はまだか。
春を望み、春を惜しみ、人の心は勝手なもの。
それでも花は律儀に、年ごとに咲く。
「そうだな」
この花(さくら)ばかりが心に残るのは、おそら くすぐに散ってしまううから。人のことなど知らぬとばかり、ただ季節だけに従順だから。
そしてきっと―――再び咲くから。
桜、は。
そうやって、人の心に残る。
「なあ、炎山」
声が、不意にこちらを向いた。右の手に、温かさ。
ほんの一歩も離れていない場所で、熱斗がいつも通りの笑顔を見せる。
白く浮き上がる桜の中、その顔だけが色づいて見えて、炎山は思わず、触れた手を強く握り返した。
「何だ」
「来年もまた、花見に来ようぜ」
笑顔の向こうで、またひとひら、花弁が散った。
「ああ」
笑い返して、炎山は花枝に手を伸ばす。
大丈夫。花はまた咲く。どれほど散ろうと、いかに短かろうと。
そして、人の心を、捕らえ続ける。
そっと揺らした枝から、白い桜が、夜に落ちた。
作品名:ever bloom 作家名:物体もじ。