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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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ever bloom

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ever bloom
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「季節も終わりか」



 言う間にも、枝が揺れた拍子にか、ひらひらと花弁がこぼれ落ちた。



「何とか間に合ったな!」



 反射的にそれを捕まえようと指を伸ばし、けれどもはらはらと逃げられた残念そうな顔が、3歩ばかり先で振りむいて、それから笑った。

 誰もいない堤防沿いはひどく静かで、ひっきりなしに視界のどこかで落ちていく白い花びらがなければ、まるで時間が止まってしまったようにも感じられたろう。

 折りも折り、雲間を抜けて届く月の光を吸って、満開の桜は冴え冴えと、白い。



(墨染め―――)



 心に浮かぶ言葉に見ないふりを押し通し、炎山は呆けたように桜を見上げる連れの隣に並んだ。

 魂を掛けた桂の枝のように、輝く花々は確かに美しい。

 香りも色も淡く、控えめなばかりの小さな花のくせに心を捕らえて放さないのは、どうして。



「春になるとさ」



 ぽつりと、声が聞こえた。魅入られたように、互い、桜を見たままで、まるで。



「花見をしなきゃって気分になるよな」

「お陰で大概、花を見ているんだか人を見ているんだか分からんがな」



 お互いに、相手ではなく、桜に話しかけてでも、いるかのようだった。

 かすかに温く、土の匂いのする風が吹くたびに、花弁が落ちる。

 いつまでもいつまでも、尽きることがないと錯覚できるほどに、何枚も、何枚も。


 夜闇の中を、桜がよぎる。



「けど、見てるとさ……寂しくなるよな。そっか、もうすぐ散っちゃうんだな、とか思って」



 それまでは、早く咲け、まだか、とばかり思っているのに。

 梅は咲いたか、桜はまだか。

 春を望み、春を惜しみ、人の心は勝手なもの。

 それでも花は律儀に、年ごとに咲く。



「そうだな」



 この花(さくら)ばかりが心に残るのは、おそら くすぐに散ってしまううから。人のことなど知らぬとばかり、ただ季節だけに従順だから。


 そしてきっと―――再び咲くから。


 桜、は。

 そうやって、人の心に残る。



「なあ、炎山」



 声が、不意にこちらを向いた。右の手に、温かさ。

 ほんの一歩も離れていない場所で、熱斗がいつも通りの笑顔を見せる。

 白く浮き上がる桜の中、その顔だけが色づいて見えて、炎山は思わず、触れた手を強く握り返した。



「何だ」

「来年もまた、花見に来ようぜ」



 笑顔の向こうで、またひとひら、花弁が散った。



「ああ」



 笑い返して、炎山は花枝に手を伸ばす。

 大丈夫。花はまた咲く。どれほど散ろうと、いかに短かろうと。

 そして、人の心を、捕らえ続ける。



 そっと揺らした枝から、白い桜が、夜に落ちた。





作品名:ever bloom 作家名:物体もじ。