ever bloom
「どうして日本では桜が好まれるのか、知ってる?」
「潔く散る様が大昔のサムライの精神性に合致したからだろう」
「はい正解。商品いる?」
「……言う前から出すな」
ひらり、と淡いピンクの花びらが現れた。
「あれ?」
「……」
ちょうど頭上から降るように、視界を埋め尽くさんばかり、吹雪にも似て舞う大量のそれを見て、ブルースは呆れて腕を組む。
「やりすぎだ、ロックマン」
「あ、あははー……おかしいな、もうちょっとこう、風情を出したつもりだったんだけど」
かすみか雲か。花びらに邪魔されて見えにくい相手が、困ったように目をさまよわせた。
さぞかし足元に積もるものかと思いきや、うまく作ったもので、地面に触れる寸前、データは分解されて掻き消える。
その様は確かに、咲いては散る本物の桜を彷彿とさせた。
「でも、この降りかたはうまく出来てると思わない? ランダムにひらひらさせるの、案外苦労したんだよ」
「常々思っていたんだが、お前は暇なのか」
「うん、割りと」
とりあえず暇つぶしも兼ねてこんなプログラムを組む程度には。
けれど思ったよりも邪魔だと花びらを消してしまう。元の通りの味も素っ気もない場所をぐるりと見回して、ロックマンはやはりいつも通りの相手を見上げた。
「ねえ、ブルース。どうして、熱斗くんがこんな夜中にお花見、なんて言い出したか知ってる? しかもママに黙って抜け出してまで」
「知るわけがないだろう」
「うん。たぶん、炎山くんもそうなんだろうね」
にこりと笑って、手品師のような芝居がかった仕草で差し出される、右の拳。
くるりと上向きに広げられた手のひらには、鮮やかなブルーに遠慮するように一枚だけ、桜色の花びらが乗っていた。
「願掛け」
ふっと吹かれて、ひらりひらりと頼りなく、プログラムされた動きに従って、花びらが宙を踊る。
何とはなしに伸ばした手、赤い指に触れて、淡いピンクのデータは姿を消した。
「毎年、桜って咲くからね。来年も、その先も、ずーっと炎山くんと一緒にいられますようにってこと、だよ。たぶんね」
目を合わせるため、つんと顎を上げた緑の視線が、わずかに険しさを孕む。
表情のうかがえない暗いバイザーの向こうを見据え、彼は言った。
「もし……もし、熱斗くんが傷つけられるようなことがあれば、僕はきっと、ゆるせない」
「何の話だ」
「君には、わからないのかもしれないけど……炎山くんに、伝えておいて、ブルース」
データで構成されていたピンクの花びらのように、笑顔を消し、電脳空間には昇らない月を見上げるように視線を流して、ロックマンは呟いた。
「桜はまた、咲くけど……人はそうじゃない」
何もない手のひらをかざし見て、無言で立つ、ブルースに言う。
「まして僕ら(ナビ)は、初めから、咲きもしない しね」
寸刻のちに、今のは忘れて、と言って。
桜の花のように、淡く、彼は笑った。
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(n)ever bloom
作品名:ever bloom 作家名:物体もじ。