5月は恋の季節
5月は恋の季節6
「予想外にこう、なんちゅうか、重たい話やな……」
「お、おう……」
しゃべりながら自分のしでかしたことと現状を思い知らされて、フランシスの眼は若干濁っていた。
しかもうっすら涙ぐんでいる。
「もうさ、もう……おにーさんどうしていいかわかんない」
「どうするもこうするもなあ」
「まあ、水に流しましょう、って言われなかっただけマシじゃねーの?」
膝の上にひじを置いて、ギルベルトがため息混じりにいう。
「あいつが水に流すって言うと、本気でなかったことにされるからな。まあそうされないだけ、まだ脈があんじゃねーの。普通に話しかけてみろよ、案外普通に返してきそうだぜ」
「……普通じゃ嫌なんだよ。普通の、前の、友達じゃ嫌なんだ」
うつむいて呟くフランシスに、アントーニョが呆れた顔で首を振った。
「せやかて、今のままじゃマイナスやん。まあいっぺん立ち位置確認したらええわ。会いにいこか」
「は? え? どういうこと? なんでそうなるんだよ!」
「さーてそんじゃ行くか」
「菊ちゃんらもまだ大学におるやろ」
「ぎゃー!! なにすんだよ、おま、お前らなあ!!!」
無理やりジャケットを羽織らされ、靴を履くというよりはひっかけるといった状態でフランシスは二人に大学まで連行された。
いくらなんでも男二人がかりで押さえつけられては、フランシスにも抵抗らしい抵抗はできなかった。
それでも、振り払おうともがいたりわめいたりしたが、フランシスは結局大学まで引きずられてきてしまった。
「なるべく人のおらんところの方がフランシスにはええんやろうけど、まあ面倒だったんで、正門前で待ち合わせとるんよ」
「鬼! 鬼がいる!!」
「おー、いたいた」
遠くからその小柄な姿を見つけて、フランシスは思わず足を止めた。両脇を固めていた二人の悪友が離れるのもどこか遠く、縫いつけられたように視線が動かせない。
緊張で手足の先が冷たく、口の中が干上がっている。
隣にいる二人がガタイがいいのを差し置いても、本田は華奢だった。久しぶりに見るその姿に心が勝手に舞い上がっては失速して落ちていく。
「うわー本当にボロボロだねえ」
「風呂に入っていないのか」
足を止めたフランシスに向って歩いてきたフェリシアーノとルートヴィッヒは、普段はおしゃれで身ぎれいにしているフランシスのやつれように驚いた様子で声をかけてくる。
その二人の影に隠れるように一歩下がっていた本田は、珍しく眉を下げていた。
「大丈夫ですか……?」
小さな声で尋ねられても、フランシスはぼうっと目の前で本田の唇が動くのを見ているだけだ。
会いたかった。会いたかったが、会えば恋心に押しつぶされてしまうのもわかっていた。
「あの、俺……」
それきり言葉が出ない。
うろたえながらパクパクと口を開け閉めするフランシスを、周囲は見守っている。
「あの、フランシスさん、本当に大丈夫ですか」
先ほどよりもさらに心配そうに眉を下げ、本田は覗き込むように前に出てフランシスをじっと見つめた。
心臓がこれまでに経験したことない速さでどくどくと全身に血を送り込んでいる。頬が熱い、顔が熱い、頭が熱い、全身が熱い。
息も絶え絶えになりながら、ようやくフランシスは言葉を絞り出す。
「だいじょぶ、だいじょうぶだから、その……あの、本田」
「はい」
「あの、ごめん、俺。本当に、最低なことして、でも、ほんとに、俺」
「フランシスさん、ゆっくりでいいですよ。お水飲まれますか?」
「ああ、あ、ありがと」
差し出されたペットボトルをとる手が震えている。ぐっと呷ってから、間接キスに気がついてむせこんだ。
「これはフランシス死ぬんとちゃうの?」
「死因は羞恥、これが本当の羞恥死ぃん、なんつってな!」
「うっわさっぶぅ!!!!! ちょっとギル、こっちこんといてくれる? そのセンスうつってまったら困るわー」
「あんだとてめえ!」
「少し黙っていろ」
「もー二人ともちょっと黙ってて!」
飽きたらしくがやがやし始める周囲に、本田の口元が困ったような微笑みを浮かべた。
フランシスには、本田以外のすべてが遠い。
「ごめん、俺……話しかけないって、言ったけどっ」
唇にほんのりとした笑みを乗せたまま本田はフランシスの言葉を待っている。
言葉よりも先に感情が勝手に目からあふれ出て、フランシスの頬を濡らしていく。みっともなく嗚咽しながら、フランシスは「ごめん」とまた謝った。
「フランシスさ……」
「ごめんな、ごめん、俺、君のことが好きなんだ。っく、うっ、あんなことして、本当に今更で、気持ち悪いって、思われても……本田のことが、好きだ。好きなんだ」
五月の空気は暖かく、春の優しさにあふれている。フランシスは自分の革靴のつま先をみてしゃくりあげるようにしながら、気づけば本田に愛を告げていた。
最低なことしかない、もう本当に、と思いながらフランシスは必死で涙をこらえて、本田を最後にもう一度見ようと顔をあげた。
本田菊は全くの無表情だった。
先ほどまでわずかにでも浮かべていた微笑みもすでにない。そうだよな、と自嘲が胸を切り裂く。
こらえたはずの雫が再び頬を転がっていき、胸に詰まる塊に息が出来ない。
そうして、フランシスは再びその場から逃走した。