5月は恋の季節
5月は恋の季節7
逃げ帰る先は結局自分のアパートしかなく、フランシスは追い詰められた兎のように巣穴に逃げ込んだ。奥の部屋に一目散に走りこんで、布団に包る。
みっともなくて苦しくて、脳裏に焼きついた本田の無表情が切なくて、嗚咽はやがてこらえきれない泣き声になった。
どれほど時間がたったのか、体中の水分を出し切ったフランスは、ぐちゃぐちゃになったベッドに突っ伏して「死にたい……」とつぶやく。それもひどくしわがれた声だった。
「何をおっしゃるんです」
突然、冷えた声が布団越しにフランシスの心臓を貫く。
ぐいっと引っ張られて、抵抗する間もなくフランシスはベッドから転げ落ちた。まさかという思いのまま、目の前にそびえる足から徐々に視線を上げていく。
「死ぬのでしたら私と話した後にしてください」
先ほどまで優しくフランシスを包んでいた布団の端を握りしめ、雄々しくも仁王立ちした本田は、黒い瞳を刃物のように輝かせて立ってくださいと顎をしゃくった。
まるで操られているかのように、フランシスはふらふらと立ちあがる。ここは自分のアパートのはずだが、なぜとかどうしてとかいう疑問をぶつけることもできずに呆然とするより他にない。
「こちらへ」
無造作に布団を放りすてて、本田はフランシスをソファへ導いた。とりあえずついていくと、水の入ったコップを差し出される。
「どうぞ」
「あ、りがと……」
消え入りそうな声で礼を言った。まだフランシスの頭を活動を停止したままで、目の前の現実が受け止められない。本田菊が部屋にいる。
水を一口飲む。確かに自分の使っているカップだ。やっと出てきた疑問は我ながら間が抜けていた。
「な、なんで……?」
「玄関の施錠はするべきです。最近は物騒ですし」
フランシスが聴きたかったのはそういうことではなかったが、本田は床に敷かれたラグに折り目正しく正座しながら真面目にそう答える。
「そうじゃなくて、あのさ、俺、君に……」
告白したんだよ、と言いかけて、フランシスはまた無表情になった本田に怖気づいた。振られるということは心をびりびりに引き裂かれるようなものだ。短時間であの痛みを二度も味わえるほど、フランシスの心は頑丈ではない。
「その前に、私の話を聞いてもらえないでしょうか」
眉の一筋も動かさず、本田は真っすぐにフランシスを見据える。その迫力に押されて、フランシスにできたのはただ頭を上下に振ることだけだった。
「ありがとうございます」
軽く頭をさげると、ゆっくりと本田は話し始めた。