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ジェストーナ
ジェストーナ
novelistID. 25425
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パスタの国の王子様

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「!」
  足元が揺らぎ、体が傾いた。
  「ルーク、アッシュ、危ない!」
  「えっ!? うわあああっ!」
  ティアの声に驚いて振り向いたときにはもう遅かった。先程までそこにいたはずの仲間の姿は、天を突くような巨大なキノコに取って代わられていた。ありとあらゆる種類のキノコが胞子を撒き散らすキノコロードの曇った視界では上のほうまで見えないほど巨大なキノコだった。横幅もかなり太い。道は完全に塞がってしまっていた。
  どうやら今まで自分が歩いていた地点に、突然キノコが生えてきたようだ。ティアに突き飛ばされたおかげで、天まで吹っ飛ばされずにすんだらしい。
  ケガはしなかった代わりに、仲間たちと離れ離れになってしまった。
  「ちっ……、殺気がなかったせいで油断した」
  自分と同じ声がして顔を上げれば、アッシュが忌ま忌ましげにキノコを睨んでいた。
  「アッシュ! お前は無事か!?」
  「これしきのことでケガなんかするかよ」
  しかしこんなビッグサイズキノコの直撃を受けたら、さしものアッシュとて無傷ではすまないだろう。そう思った途端、姿の見えない仲間たちに対する心配がぶわっと背筋を駆け抜けた。
  「ティア! みんな! 無事か!?」
  「ええ、私たちは無事よ! そっちはどう?」
  キノコの向こうに対して大声を張り上げると、同じような声が返ってきた。それにほっとして、ちょっとだけ落ち着けた。
  「大丈夫だよ。俺とアッシュにも、ケガはないみたいだ」
  「そう……それは良かった」
  姿は大きなキノコに遮られていて見えないが、ティアがほっと胸を撫で下ろしたような気がする。そして、その横で他人事のように(実際他人事だと思っているに違いない)しれっとしているだろうジェイドの、「これは立派ですね」と呑気な声がした。
  「足元のキノコがなんだかそわそわしていると思ったら、こんなふうに成長するとは。さすが未開の地、スリリングとはこういうことを言うんでしょう」
  「大佐! 気付いていたなら止めてくださいっ!」
  のらりくらりとかわすジェイドに食ってかかるティアの様子がありありと浮かぶ。
  それらをまったく気にした様子もなく、アニスの甘ったるい歓声が聞こえてくる。
  「それにしてもすっご~い! ねえナタリア」
  「ええ、本当に大きなキノコですこと。……え? なんですって、小声でよく聞き取れませんわ、もう一度……、ああ、こんな大きなキノコを一口で頬張るなんて無理ですわ。え、今度はなんですの? ……まあっ、私はそんなはしたない真似いたしません! 棒の部分に舌を這わせて味わうなどと、」
  「うがああああああっ!! 貴様らぁぁぁっ!!! アニスか、ジェイドか!?」
  「きゃわ~ん、私じゃないですよぅ~☆」
  「ははははー、もちろん私でもないですよー」
  突然キレたアッシュがキノコに向かって秘奥義の構えをするが、ガイの呆れたような声がその原因を諌めた。
  「あーもう、健気な青少年いじめなさんな。それでミュウ、このキノコはなんなんだ。元の大きさに戻るのか?」
  「はいですの! だいたい三十分ぐらいしたら小さくなるですの! そしたらご主人様たちも通れますの!」
  「へー、アッシュ三十分したら小さくなるんだぁ~」
  「だらしないですね。そんなじゃ満足させられませんよ? もっと鍛えておかないと」
  「もう下の話は十分だっつの。……二人とも、聞いた通りだ。三十分ぐらい我慢できるだろ?」
  キノコ越しに声のやりとりをしているだけなのだが、含み笑いのジェイドとアニス、気難しい顔をしているティア、きょとんとしているナタリア、呆れ果てて疲れた笑顔のガイと、みんなの様子が手に取るようだった。
  ジェイドとアニスにからかわれて不貞腐れたアッシュは、みんなの声が聞こえにくくなる位置でさっさと腰を下ろしている。どうやら三十分待つことにしたらしい。
  「わかった! 俺とアッシュなら魔物が出てもなんとかできるだろうし、念のため道具袋のホーリーボトルも使っとく」
  「了解。もし三十分経ってキノコが元に戻らないようだったら、ジェイドの譜術で強行突破するからな」
  「だったら最初からそうしたらいいんじゃねえ?」
  「ここは未開の地なんだ。ただでさえこんな意味不明のキノコが生えてるんだから、可燃性の胞子があるかもしれない。慎重になったほうがいい」
  「そっか。じゃ俺、アッシュと待ってるよ。また後でな」

  ……と、大見得切ってみたのはいいものの、待機開始30秒で既に会話がない。
  からかわれたアッシュはすっかりヘソを曲げてしまっているし(たとえ普段と同じ機嫌でも「レプリカと慣れ合うつもりはない」と一蹴されるのだが)、周囲は胞子で紫色に煙っているし、居心地は最悪だった。
  それでもなんとか話題をと頑張った結果、劣化した脳味噌が弾き出したのは、相手との共通の話題を探すことだった。
  「あっ、あのさ、ローレライの鍵のことなんだけど……」
  「お前が知って何になる、屑。お前がきちんと受け取っていればこんなことにもならなくてすんだのに。レプリカ野郎が」
  「なっ、なんだよ! ここに来たのは母上の薬を探すためであって、俺のせいじゃねーだろ!」
  「………」
  「………」
  交渉失敗。気まずい雰囲気だけが残りました。
  そんなナレーションが出てきそうな結果に終わってしまった。しかしここで諦めていてはいけない。千里の道も一歩からだ。
  気を取り直して、次の話題にチャレンジする。
  「そういえば、ナタリアだけど」
  「今あいつの話題をしたら殺す」
  「………(なんでキノコの食べ方の話題でそんなキレてんだよ)」
  アッシュが怒っている理由がわからず、もともと短い爆発の導火線がチリチリと音を立てて燻っていく気がした。
  ルークは知らない。ガイラルディア・ガラン・ガルディオスの教育に一部著しい偏りがあったことを。しかしそれはまた別の物語なので割愛する。
  閑話休題。旅のこともナタリアのことも話題が続かないとなると、話題が一気に尽きてしまう。ここまでくると半ば自棄になって、適当に思いついた話を振ってみた。
  「アッシュは知ってるか? ガイが話してくれるお伽話。友達を探しに行く王子のやつなんだけどさ」
  「……ああ」
  「よっしゃ食いついた! ……あ、いや、なんでもない。こっちの話。俺、あれが好きで何度もガイに話してくれってせがんだんだけど、お前は?」
  「童話などくだらなくて聞いていられないと怒鳴ったが、結局最後まで聞く羽目になったな」
  「そうなのか。面白いと思ったけど……、内容は覚えてるか?」
  「あまり興味はなかったからな。大半は忘れている」
  「それじゃ話してやるよ。ちょうど30分ぐらいで終わると思うし、暇潰しにはもってこいだろ」
  「……フン。勝手にしろ」
  アッシュは目を閉じ、それ以上は何も言わなかった。聞きたいのだと勝手に解釈して、ガイが話してくれた通りの口調を思い浮かべた。