パスタの国の王子様
子供の頃、寝つけない夜にはガイがいつもこのお話をしてくれた。それはどこにでもある、ありきたりな童話だった。それでも、ガイが表情たっぷりに話してくれるおかげで、なんてことないお話が、奇跡の物語に変わったものだ。
それは、パスタが大好きな王子様の冒険譚だった。数多の苦難を乗り越え、ドラゴンに囚われていたお姫様を助け出し、二人で仲良くパスタを食べるという夢を叶えた勇者の生涯を描いた作品だった。
アッシュは話を聞き終えると、馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「……それでめでたしめでたしってヤツだろう。やっぱりくだらなかったな」
「違うぜ。そっか、アッシュはこのオチ知らないのか」
「何?」
アッシュが怪訝そうな目を向けてくる。
「この王子様の話は作中作なんだ。これは覚えてることを全部忘れていく病気にかかった不幸な女の子に、その子のお父さんがしてあげる話で、この冒険は大好きな父親との思い出を忘れたくない女の子の回想なんだよ」
「………」
アッシュは心底驚いたといった顔をしていた。初めて見る顔に、罪悪感が襲ってくる。
もしかしてこの話をガイから聞きたかったのかもしれない、こう見えて結末を楽しみにしていたのかもしれない、いろいろな考えがぐるぐると渦巻いて離れない。どうしよう、謝ったほうがいいのかな、思考回路がそんなことに至ったとき、アッシュが不意に笑った。痛々しげに。
「俺が聖なる焔の燃えカスになる前、ガイから聞いた話はハッピーエンドで終わっていたのにな。俺は結末を知らなかった」
あまりにも悲しい結末だったから、ガイが途中で話を打ち切って、無理やりハッピーエンドでまとめたのだろう。きっとガイが子供に悲劇を教えるには忍びないと自分で判断したに違いない。
アッシュの表情は、憎悪と羨望と、形容しがたいものが入り交じった複雑なものだった。
オリジナルであるという証の、どこまでも深い翡翠の目が、ゆっくりと伏せられる。
「そんな些細なことまで、俺は貴様に奪われ続けてるってのか。なあレプリカ」
彼の形のよい口唇から、どうして俺たちだったんだと、絶望と共に紡がれた。