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物体もじ。
物体もじ。
novelistID. 17678
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レールの上で、キス。

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「アレン、おーい、アーレーン!」



 最初は普通だった声が徐々に大きくなり、肩を揺さぶられたところで、ようやく、アレンは目を覚ました。

 たった今まで見ていた悪夢の残滓か、重苦しい頭を振って、すぐ目の前に焦点を結ぶ。

 鮮やかな赤い色がまず視界いっぱいに広がり、二度まばたきをする間に、それは人の顔になった。

 暖炉に燃えるのと同じ色の赤毛、柊のような緑の色の隻眼。アレン自身が纏うのと共通の意匠の黒い団服(コート)。

 少年から青年へと移り終えたばかりのような顔には、アレンを案じる色が見えた。



「……ラビ」



 目の前の相手の名を呟いて、身を起こす。すでに慣れたこととは言え、寝台以外の場所での転寝のせいか、背筋が少し痛んだ。

 ようやくはっきりしてきた意識に届く、金属の車輪とレールの擦れる音。規則的な振動、コンパートメントの控えめで上品な内装。

 自分の今いる場所と状況を思い出して、アレンはもう一度、頭を振ってため息をついた。

 大陸を横断するように走る列車の中、現在、彼は―――彼らは、アレンの師匠の足取りを追って、終わりの見えない旅の真っ最中だ。



「すみません。少し寝てたみたいですね」

「別に謝ることじゃないけど」



 にこりと人好きのする笑みを浮かべて、ラビが手を伸ばしてくる。その指先がアレンの額に張り付いていた髪を払ってくれた。

 そのまま一度、ぺたりと掌をあて眉をひそめたが、すぐにまた、揶揄(からか)うように笑った。



「すごい汗さ。アレン、まぁたクロス元帥の夢でも見てた?」

「ええ、まあ……」

「最近ずっとだよな。ナニ、そんなにトラウマ?」

「……ええ、まあ……」

「ふぅーん」



 どんよりとした顔に何を思ったのか、額にあてたままの右手で、ラビはくしゃりとアレンの白い前髪を撫でる。

 至近で目があって、ふと、アレンは気づいた。

 彼は、列車の座席に腰を下ろしている。そのちょうど正面、さほど高さの変わらないところにあるラビの顔。

 床に膝をついて、高さを合わせてくれているのだということを知って、軽く目を見開いたアレンに、彼はこう言った。



「じゃあさ。おにーさんが、よく眠れるように、子守唄でも歌ってやろうか?」

「……」



 やさしげな微笑だが、目の中には、明らかに年下の少年を揶揄う色がある。憮然とした顔つきになって、アレンはぷいと横を向いた。



「い り ま せ ん」

「遠慮すんなってー」

「してませんよ」

「どんな地域の唄でもよりどりみどりだぜ?」

「ですから……」



 ―――子ども扱いしないでください。僕はもう、子守唄の必要な年じゃない。

 そう言おうとした舌が、痺れたようになった。

 輪郭を硬くしたアレンの横顔に、ラビの怪訝そうな視線があたる。



「アレン?」

「……要りませんよ。子守唄、なんて」



 だって、子守唄は―――哀しすぎる。


 背けたままの目が伏せられる。ラビの手から逃げた髪が、声とアレンの表情を隠した。がたんごとん、規則的な振動と、車輪の音が沈黙を埋める。

 拒否の言葉を放ったまま、口を閉ざしてしまったアレンの耳に、やがて、重い布と、軽い金属の擦れる音―――近ごろようやく馴染んだ、黒い団服の衣擦れが届いた。

 目の前から聞こえる音は、考えるまでもなく、ラビのものだとわかる。いつもの賑やかさなど嘘のような、ひそやかな響きと一緒に、もう一度、アレンの額に、指が伸ばされた。



「じゃあさ、アレン」



 アレンのものよりも少し無骨な硬さの指にやさしく促されて、伏せられていた視線が、背けられていた顔が、ゆっくりと上げられ、口唇に笑みを刻んだ年上の男に向けられる。

 一度、額を撫でた指が、さらりと前髪を掻き上げた。



「良く眠れるように、おまじない、してやるよ」



 にこりと笑った顔を追って、目を上げる。

 翠の隻眼を、すっきりとした鼻筋を、薄い口唇を、鋭角な線を描く顎を見送って、額に柔らかい温もりが触れたとき、その銀灰の双眸が大きく見開かれた。橙のマフラーから、いつもは見えない喉仏が覗いて、知らず、鼓動が跳ねる。

 軽い接触音を残して、目の前にあった身体が離れた。途端に冷たさを感じて、思わず額を手で覆ったアレンの顔を覗き込み、ラビは年上の顔をして、言う。



「寝な。ちゃんと見ててやるし。効き目はばっちりさ」

「……そうやって、子ども扱いする」

「だって、俺のがお兄さんだし?」

「たった3歳です」

「されど3歳」

「……これで悪夢だったら、許しませんから」

「だーいじょーぶ、だって」



 くしゃくしゃと撫で回される髪に眉をしかめてみせてから、アレンはことりと窓枠に頭をもたれさせる。冷たい硝子が、頬に気持ち良い。

 空気の動きと、ぎしりと沈んだ座席のスプリングで、ラビがすぐ隣に腰を据えたことがわかる。

 あやすように髪を滑る指と、重い団服の生地を通してかすかに伝わる体温が、ゆるやかに眠りを誘う。



(―――うん。ラビ)



 たぶん、今は、悪夢なんて見ない。のしかかるようなトラウマも、悲しい子守唄も、遠くにいてくれる。


 だって。


 頭の中が、きっと夢の中も。

 今は、やさしい温もりだけに、満たされている。



01/額